0.5秒
2005年5月21日

ミシュランのスタッフが木曜日のフリー走行前に、あることに気が付いた。それは、ラルフ・シューマッハ用のタイヤのひとつに、本来あるべきマーキングがないことだった。タイヤのスペックを表すマーキングがないことで、「もしかしたら、このタイヤは違うスペックの可能性がある」と判断したそのスタッフは、急きょR・シューマッハのマシンに装着されているほかの3本のタイヤと同じスペックのものと交換した。
こうして、R・シューマッハは4本とも同じスペックのタイヤを履いて、木曜日のフリー走行を行った。ところがここでミシュランのスタッフは、あるミスを犯してしまった。
タイヤにはスペックを表すタイヤメーカーが記したマーキングのほかに、1本1本のタイヤを認識するためにFIAから支給されたバーコードが側面に貼られている。そして、グランプリ期間中に使用するタイヤのバーコードを事前にFIAに登録しておかなければならない。
つまり、マーキングのないタイヤを交換する際に、ミシュランのスタッフはパナソニック・トヨタ・レーシングの担当者に、「違うバーコードのタイヤに交換した」ことを告げ、FIAに対して登録のやり直しを指示しなければならなかった。
セッション中、各チームに配置されたマーシャルによって、FIAは走行した直後のタイヤのバーコードをバーコードリーダーで読みとってチェックしている。そして、R・シューマッハの左フロントタイヤのバーコードが、引っかかってしまった。
この件に対して、ミシュランはパナソニック・トヨタ・レーシングとR・シューマッハに対して、公式に謝罪。しかし、レース審査委員会から下された判断は、「1回目と2回目の予選合算タイムに0.5秒加算する」という重い処分だった。
罠
2005年5月22日

土曜日午前中のフリー走行終了後、プレスルームからパドックを眺めていたら、ピットからモーターホームに帰る途中のラルフ・シューマッハが、パドックからピットへと向かうファン・パブロ・モントーヤと出くわすシーンを偶然見かけた。
予選前の忙しいときなので、そのまま素通りするのかと思っていたら、R・シューマッハが立ち止まって、なにやらモントーヤに語りかけ始めた。モントーヤが笑っていたので、R・シューマッハが冗談でも飛ばしているのかと思っていたが、それが間違いであることに気が付くのにそう時間はかからなかった。その場を立ち去ろうとするモントーヤの進路をR・シューマッハが塞いで、両腕を開いて激しく何かを抗議していたのである。一緒にいたチームスタッフになだめられて、ようやくその場から動いたR・シューマッハ。予選後、R・シューマッハはそのときのことを次のように説明してくれた。
「午前中のクラッシュは、じつは僕の前を走るモントーヤが急減速したために起きたんだ。彼は僕に、いわゆるブレーキテストという一種の嫌がらせをしたんだ。たぶん、その理由はその1周前に僕がピットアウトしたとき(写真中)、アタックラップを行っていたモントーヤの前に僕が出たことを逆恨みしたんだろうね。確かに彼には申し訳ないことをしたと思う。でも、それはわざとじゃないし、コース上でその仕返しをするというのはスポーツマンシップに反する。しかも、木曜日のドライバーズミーティングで、『モナコはコース幅が狭く、不必要なスロー走行は非常に危険なので、気をつけるように』ということを確認していたばかり。そして、現実に彼の行為によって、3台のマシンが事故に巻き込まれた」
つまりフリー走行後の光景は、R・シューマッハが罠を仕掛けたモントーヤに対して、抗議していた様子だった。そして、その場ではモントーヤに無視された形となったが、レース審査委員会は予選後に「モントーヤのドライビングは非常に危険なものだった」として、「(2回とも)予選タイムを抹消する」という重い処分を下すのだった。
それが午後の予選にどれだけ影響したのかはわからない。しかし、木曜日にタイヤ使用違反によるペナルティを受けていたR・シューマッハは、予選直前のフリー走行でも事故でセッション終えるという悪い流れの中にいたことは事実である。
予選でマシンを大破させたR・シューマッハとパナソニック・トヨタ・レーシングは、ピットスタートになるTカーを選択せず、レースカーのほとんどすべてのパーツを新品にして、ブランニューカーに作り替えて最後尾スタートを選択した。また予選でクラッシュしたタイヤは、土曜日午前中のフリー走行で履いたタイヤに交換。ただし、そのセッション使用していたタイヤのうち、左リアタイヤはデビッド・クルサード(レッドブル)の追突を受けたダメージがあるため、左リアのみ予選でのクラッシュの影響が少なかった予選で使用したタイヤを装着して、午後6時23分、一番最後にパルクフェルメに預けられた。
チームスタッフが一丸となって、修復したR・シューマッハのTF105。日曜日のレースでは、ぜひ悪い流れを断ち切ってほしい。
ドライバーズサーキット
2005年5月23日

「彼らにはコンマ3秒ほど期待していましたが、結果的にはコンマ6秒ほどこれまでのドライバーよりも力があるということがわかりました」とあるチームスタッフは、ヤルノ・トゥルーリとラルフ・シューマッハの速さを分析してくれたことがある。
モナコはドライバーズサーキットである。それは狭く曲がりくねっていることだけではない。ガードレールに囲まれているというプレッシャー、先が見えないブラインドコーナーの連続によるストレス、さらに超ソフトコンパウンドを使用するためレース中の路面変化が19戦中もっとも大きく、ドライビングを1周ごとにアジァストしていくテクニックが必要となる。モナコでルーキードライバーが苦しむのは、そのためである。
だから今年、トゥルーリとR・シューマッハがどんなレースを見せてくれるのか楽しみだった。そして、彼らはその期待に応える走りを披露してくれた。2回の予選合計で5番手を獲得したトゥルーリは、24周目のセーフティカー導入によって、1ストップ作戦のアドバンテージを大きく失った。それでも、中盤までは表彰台を賭けて熾烈な争いを繰り広げていた2ストップ勢のウイリアムズに対して、逆転可能なポジションを走行していた。
しかし、彼の目論見はリアタイヤに異常摩耗を抱えていたルノーのジャンカルロ・フィジケラによって、台無しとなってしまう。1周で約2秒から3秒も遅いラップタイムを刻まされたトゥルーリは、ウイリアムズの2台が2回目のピットインを終えてコースに復帰したとき、彼らの前に出られなかったのである。
その後、ウイリアムズの2台がシケインでルノーをオーバーテイクした場面を見て、「トゥルーリも同じようにフィジケラを差せばよかったじゃないか」と思う方もいるかもしれないが、パナソニック・トヨタ・レーシングのマシンはタイヤをいたわるために、この日トップチームでもっともダウンフォースをつけた仕様となっており、最高速ではルノー勢に10km/hものスピード差があった(ちなみにウイリアムズ勢は3km/hの差だった)
64周目のヘアピンでの追い抜きでマシンにダメージを負って緊急ピットインしたトゥルーリ。ポイント圏外に落ちたことで、リタイアしてもいい状況だったが、次戦ヨーロッパGPの予選走行順を考えて、危険を覚悟でコースに復帰。あきらめない姿勢に心が打たれた。
そして、その姿勢はチームメートのR・シューマッハのレースにも、存分に表れていた。最後尾からの追い上げ。そして、ミハエル・シューマッハ(フェラーリ)との兄弟バトル。レース中盤以降、明らかにタイヤ性能で勝っていたフェラーリ&ブリヂストン勢に対して、R・シューマッハは一歩も引かなかった。しかも前述のようにR・シューマッハのマシンもまた最高速が出にくいセッティングだった。にもかかわらず、R・シューマッハはトンネルの出口で2台のフェラーリを前に出すことはなかった。
6位と10位という結果に、レース後2人のドライバーは納得していない表情だった。しかし、これまで4回あったパナソニック・トヨタ・レーシングのモナコGPの中で、今年が最高のレースだったとボクは思う。そして、そのパフォーマンスを可能にしてくれたのは、ほかでもないトゥルーリとR・シューマッハの腕によるところが大きかった。あらためて2人のトライバーの加入に感謝したい。