新芽
2006年11月10日
2年前の2004年、ミハエル・シューマッハがシーズンを席巻し、7度目のタイトルを獲得したその影で、新しい芽がモータースポーツ界に吹こうとしていた。マカオに集結した3人の二世ドライバーである。ひとりはネルソン・ピケJr、もうひとりはニコ・ロズベルグ、そして3人目は中嶋一貴だった。それぞれ、父親が元F1ドライバーというサラブレッドというだけでなく、19歳という若さで頭角を現してきたことが、人々の期待を高くした。
あれから、2年が経った。
マカオF3の翌年、2005年にGP2でチャンピオンに輝いたニコ・ロズベルグはウイリアムズのシートを獲得。今年F1デビューを果たした。そしてネルソン・ピケJrは、今年のGP2でチャンピオン争いを最後まで演じて、来年はルノーのテストドライバーとなった。そして中嶋一貴は、今年トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム(TDP)の一員としてF3ユーロシリーズに初参戦。4戦目にいきなり初優勝するという非凡な才能を見せた。その後、表彰台に3回上がる活躍を見せて、今秋ウイリアムズとのテストドライバー契約結んだのである(写真上/11月10日に都内で行われたTDPの活動報告会に出席して、ウイリアムズとのテストドライバー契約を喜ぶ中嶋一貴)。
芽は葉を広げ、枝を伸ばすまでに成長した。
まだ、詳しいテストスケジュールは明らかになっていないが、今回の契約は1回だけのテスト走行というものではなく、「1年間」(写真下右端/木下美明モータースポーツ部長)なので、ウインターシーズン、あるいはシーズン中も何度かテスト走行するチャンスはあると思われる。なお、中嶋一貴は現在もTDPの一員で、来シーズンは同じTDPの平手晃平とともにGP2に参戦することも決定している。つまり、ウイリアムズとのテストドライバー契約は、「ウイリアムズとわれわれトヨタとの間で結んだ契約」(木下部長)で、内容は「ドライビング・サービス契約」(サッカーなどで使われている一部レンタル契約)にあたるという。
また、トヨタはF3ユーロシリーズに参戦していたほかのTDPドライバーである平手晃平、小林可夢偉に対しても、パナソニック・トヨタ・レーシングでのテスト走行のチャンスを与えることにしたという。平手晃平は今年、F3ユーロシリーズをランキング3位で卒業。また、小林可夢偉は同シリーズで3回表彰台に上り、ルーキータイトルを手にしており、これからが楽しみなドライバー。新しい芽が次々に成長している。
11月10日に行われた記者会見で、尊敬するドライバーは「ミハエル・シューマッハ」と語った中嶋一貴。M・シューマッハという大輪の花が去った2006年オフ、F1界という枝にはいま続々と新しい芽がつこうとしている。どんな花が咲くのか、楽しみにしたい。
次回、GP Diaryは11月24日に更新の予定です。
お楽しみに。
コミュニケーション
2006年11月24日

先日、近所で行われていた小学生のミニバスケットボール大会を見に行った。バスケットボールというと、身長が高い人のスポーツと思われるが、決してそんなことはない。ボクも身長は決して高いほうでなかったものの、中学でバスケットボール部に所属し、市の大会で準優勝したことがある。ボクたちのチームはボク以外にもそんな身長が高い選手はいなかった。だからチームが結成されたときは、いつも練習試合ではボロ負けという状態だった。
しばらくして顧問の先生が練習に顔を出さなくなった。ボクたちは仕方なく自分たちで練習を始めたが、案の定、ミスが連発した。だから練習はいつもミスする人間ばかりを非難する窮屈な時間の連続だった。しかしバスケッ トボールは、1人が上手でも決して勝てない。5人のプレーヤーの呼吸がそろっていないと、プレーが成り立たないのである。さらに、いくら練習をしたからといって、100%ミスがなくなるわけもない。しばらくして、ボクたちはチームメートのミスを非難することをやめて、だれかがミスしたら、次に自分が何をしなければならないのかを考え始めるようになっていた。練習の前だけでなく、練習中にも息が合わなければプレーを止めて、そのたびに話し合った。そうやってボクたちは味方の選手がミスしたときに、どのように自分がカバーすべきかを身体で学んでいったように思う。そして気がついたら、決勝戦まで駒を進めていたのである。伸び盛りだったから、身長もいくらかは伸びたかもしれないが、ボクたちが強くなったのは身長が伸びたからではなく、選手間のコミ ュニケーション能力が上がったからだと、いまでも思っている。
そして、それが間違いでなかったことを、近所で行われていた小学生のミニバスケットボール大会を見て知らされた。強いチームにはもちろん身長の高い選手もいたが、彼らが勝った理由は身長の高さではなく、チーム内のコミュニケーションの良さだった。だれかがミスをすれば、だれかがそれをカバーする。プレーが中断すると選手同士ですぐさま次のプレーを確認する姿は、約30年前の自分たちを見ているような気がした。
先日、トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム(TDP)の活動報告会に出席していた木下美明TMG副社長が、ブラジルGPでのリタイアに関して興味深いコメントをおっしゃっていた。
「ブラジルGPは本当にガッカリした。それは2台がリタイアして終わったということだけはありません。ファクトリーにクルマを持って帰って原因を調べたら、それが極めて単純な要因だったからです」
ブラジルGPでパナソニック・トヨタ・レーシングの2台は、どちらもリアサスペンションのセンターエレメントが壊れて、ほぼ同じタイミングでリタイアした(写真右)。第10戦アメリカGPの予選でも同じトラブルに見舞われていたチームは、強度を2倍にしたパーツをその後使用していた。ところがバンピーなインテルラゴスでは、場所によってそれが4倍の衝撃になっていたのである。
「4倍の衝撃に耐えられるパーツを作ること自体は簡単なこと。だから、よけい悔しい」(木下TMG副社長)
勝つためには速いクルマ、そしてそれを開発する技術力が必要である。各チームが最新のコンピュータを導入し、何億円という資金を開発費にあてるのもそのためである。しかし、それだけでは勝てない。現在のF1の開発は高度になったがゆえに、分業化が進んでいる。そのためにファクトリー内のコミュニケーションがスムーズに行えないという弊害も生じがちである。
インテルラゴスは18戦中もっともバンピーなことで有名なサーキット。しかも、過去4回レースを行っているチームには、そのデータはあったはず。だれかが、だれかに、それを知らせていれば、おそらくブラジルGPでのトラブルは防げたのではないだろうか。木下TMG副社長の悔しさには、それがにじみ出ていたように思えた。
レースがないウインターシーズン。みんながファクトリーに集うこの時期こそ、ファクトリー内のコミュニケーション力をアップさせるいい機会である。
次回、GP Diaryは12月8日に更新の予定です。
お楽しみに。
ワンメイク
2006年12月8日
「とにかく全チームにタイヤを供給するだけで精一杯でしたから、99年に用意したコンパウンドは約4種類。シーズン中に新しいコンパウンドを開発するということはなかったし、コンストラクション(構造)に関しては1種類だけしか提供しませんでした」
これは今年の中国GP時に、いまから6~7年前のタイヤワンメイク時代を振り返っていただいたときの浜島裕英MSタイヤ開発室長(現・タイヤ開発本部長)の言葉である。4種類のコンパウンドということは、ハード、ミディアム、ソフト、超ソフトだったと思われる。この4種類の中から各チームはサーキットの特徴に合わせて、ハードを選択したり、ソフトを採用していたというわけだ。
タイヤ戦争が熾烈を極めた2006年は、グランプリによってはハードが複数種類持ち込まれ、ブリヂストン勢の中で異なるハードを履いていたケースも珍しくなかった。例えばブラジルGPでもパナソニック・トヨタ・レーシングが異なるコンストラクションを採用していた。しかし、2007年からは99~2000年とは異なる状況となるだろうが、開発は縮小され、再びイコールコンディションの戦いが始まる。
ならば、すでにブリヂストンタイヤを1年間使用しているパナソニック・トヨタ・レーシングは、ミシュラン勢に対して有利ではないかという見方がある。だが、2006年に開発されてきたタイヤと2007年用のタイヤは別物と言ってもいい。それは11月下旬から開始された2007年に向けての合同テストの結果によく表れている。
1回目のテストとなったバルセロナでのトヨタは2日目(全体の3日目)にラルフが1分17秒台をマークしているが、2006年5月に行われたスペインGPの予選では1分15秒台。つまり、約2秒遅くなっているのである。トヨタはもう1日居残って12月1日に単独テストを行い、1分15秒台をマークしているが、それでもスペインGPのポールポジションタイムからは1秒以上遅れており、前日のラルフとのタイム差を考慮すると、最終日はほぼ空タンクだったと思われる。
クルマはほとんど2006年仕様であるから、タイヤだけで約2秒違う。これは、同じブリヂストンでも別物と言っていい。つまりライバル勢の多くが、長年慣れ親しんだミシュランタイヤから初めて(あるいは久しぶりに)ブリヂストンタイヤを履いて戸惑っているのと同様に、パナソニック・トヨタ・レーシングのドライバー、エンジニア、メカニックもまた新スタンダードとなった2007年用ブリヂストン・タイヤを学んでいるのである。最初の合同テストとなった高速コーナーが多いバルセロナではハードコンパウンドが試され、2回目のヘレスでは路面がスムースということもあり、ソフトが試されたと思われる。
それは2回目の合同テストとなったヘレスに参加している彼らの言葉が雄弁に物語っている。
「先週走行したカタルニア・サーキットよりも、全体的に非常にグリップが低く、新しいタイヤにとっては、より困難であることがわかった。われわれはいま、新しいタイヤのための最良のセットアップを理解する必要がある」(ラルフ)
「今日はラルフ・シューマッハとともに、2007年に向けた新しい世代のブリヂストン・タイヤを明確に理解するために、多くのセットアップ作業を継続した」(ディーター・ガス/レース&テスト・チーフ・エンジニア)
新しい戦いは、すでに始まっている。
次回、GP Diaryは12月22日に更新の予定です。
お楽しみに。
ホモロゲーション
2006年12月22日
あと数日で、2006年もおしまいである。
12月はクリスマスがあるから、皆さんにとっては楽しみな月なんだろうが、ボクにとってはあまりうれしくない月である。というのも出版業界には、「お盆進行」と「年末進行」という特別進行が1年に2度あり、12月下旬は毎年締切に追われる日々が続くからだ。
しかし今年は出版業界だけでなく、F1業界もまた忙しい年の瀬となっているのではないだろうか。それは、エンジンのホモロゲーション(承認)の締切日が、年内で締め切られるからである。
F1のエンジンは、今後2010年まで開発が凍結されることが決定している。そして、その基準となるエンジンは、2006年のレースで最後に2グランプリ使用したものと定められている。そのエンジンはFIAによって封印され、2007年以降2010年まで使用するエンジンの基準となる。このエンジンが「基準」と呼ばれるのは、封印されても開発する余地が残されているからだ。封印されたのはブロックとクランク。つまり、ボア&ストロークは変えられない。
しかし、シリンダーヘッドには開発の余地が残されていた。これは、2007年のエンジンは最高回転数が1万9000回転と制限されたため、1万9000回転でベストパフォーマンスが出せるよう燃焼室周りで開発する余地を残していたものと考えられる。そして、その開発の期限が12月いっぱいなのである。各エンジンメーカーは、変更を加えた2007年用エンジンの最終的なスペックを12月末までにFIAへ提出することとなっている。そのうえで、開幕戦までに提出したスペックどおりのエンジンを製作し、それが最終的にホモロゲーションエンジンとなって、シーズンを走ることとなる。
もし、開幕後に信頼面に問題が発生してトラブルが出た場合は、パフォーマンスアップしない範囲でトラブルが出た箇所の設計変更が許されるらしいが、「何をどのように変更するのか」の情報をライバルチームに開示しなければならず、かなりの屈辱を味わうこととなる。
11月下旬から12月上旬にかけての合同テストでは、ブリヂストンの新タイヤとのマッチングが最優先課題だった。しかし、その一方で、じつは1万9000回転をピークにした2007年用エンジンの最終チェックも重要な任務として行われていたのである。
ヨーロッパではクリスマス以後は休暇となるため、どのエンジンメーカーも最終的なスペックの提出はもうすでに済ませて、エンジニアたちもいまはのんびりと家族とクリスマス休暇を取っていることだろう。でも、ボクは来月分の原稿を年末までにもう1本書かなければならず、冬休みのホモロゲーションが取れるのは、まだ数日先。ということで、皆さんにはひとまずここで「良いお年」と言って、2006年のGP Diaryを終了したい。
今年も一年間、ご愛読ありがとうございました。
新年最初のGP Diaryは1月5日に更新の予定です。
お楽しみに。