f1.panasonic.com

プレシーズン

  • Diary by 尾張正博
  • Results
  • Gallery
  • 尾張正博のプロフィールを見る
  • 2006年 尾張正博 使用カメラ

初手

2006年1月6日

謹賀新年

皆さんは、どんなお正月を過ごされただろうか。ボクは春に予定している引越しの準備をいまから少しずつ進めていた。なぜなら、開幕が間近となる春は、ボクにとって一年でもっとも忙しい時期となるからだ。

しかし、年末から始めて、もう2~3週間も経つのに、作業はいっこうにはかどらない。引き出しをひとつひとつ整理していると、なつかしい写真や昔の取材ノート、さらに自分の記事が掲載された雑誌が次々と出てきて、つい読みふけってしまう。拙い原稿で思わず赤面するものもあったが、中には「どうしてこんな原稿がこのとき書けたのか?」と、うなってしまうものも少なくなかった。

ボクがテニス雑誌の編集者を経て、フリーランスとしてF1の取材を開始したのは1993年。バブル経済が崩壊した直後のことだった。特にコネがあったわけでもなかったし、当時の日本のF1は中嶋悟さんが現役を引退し、ホンダもF1活動を休止していた。さらに結婚して、まだ半年だったということもあり、会社の上司や先輩が心配して、畑違いの分野へ転身することを必死に止めてくれたことは、いまでも忘れない。

にもかかわらず、ボクは93年2月に会社を辞し、3月1日からフリーランスとしての道を歩き出した。そして、3月7日には開幕戦の南アフリカ、キャラミ・サーキットへと飛び立っていた。もちろん、そこに辿り着くまでには、多くの人たちからのサポートがあったことはいうまでもない。取材パスを工面してくれたM氏、レンタカーとホテルの部屋をシェアしてくれたI氏、F1での取材ノウハウを教えてくれたN氏、原稿の書き方を学ばせてくれたA氏等々、お世話になった方々の名前を出したら、ページがいくらあっても足りないほどだ。

しかし、自分で言うのもなんだが、その人たちの心を動かしたのはボク自身のアクションがあったからだったと思う。「取材したい」、「原稿を書きたい」という脂ぎった情熱のようなものが、当時のボクにはあったんだろう。そして、その気持ちが当時のボクの原稿には行間にあふれているのである。

そんな自分の原稿を読みながら、思い出すのである。それはボクが尊敬している、ある先輩ライターにフリーになることを相談したときのことだった。「どうしたら、先輩のように上手に原稿を書けるんですか?」というボクの問いに、その先輩は次のように答えた。

「もちろん、長年この世界にいるから、文章を書くうえでのそれなりのテクニックも身につけたつもりだ。でも、いい原稿かどうかは、テクニックではない。根幹を成すのは、『書き手が、どう感じたか』である。そして、その書き手の気持ちと読者の感情がシンクロしたとき、はじめて原稿はいいものとなるんじゃないかな。例えば、富士山をテーマにした原稿を書くとき、重要なことはどんな単語を使って富士山を上手く描写するのかではない。富士山を見て、自分がどう感じたかである。美しいと思えば、どのように美しいと思ったかを書けばいいし、大きいと感じたのなら、その大きさを力一杯表現すればいい」

たぶん、当時のボクは、新鮮な目でF1を見ていたのだろう。それが、時にライターとしての経験の乏しさをカバーするほどの、生き生きとした表現となっていたのかもしれない。

「私が予想する 2006年シーズンのパナソニック・トヨタ・レーシング」の原稿募集期間の締切(1/20)が間近に迫っている。「自分は素人だから」とか、「原稿を書くのは初めてだから、どうせ選ばれるわけがない」なんて思わないでほしい。大切なことは、「今年のパナソニック・トヨタ・レーシングに対して、どんな期待を自分が持っているか」である。

人の心を動かすのは、「テクニック」ではなく、「思い」である。そして、その思いに、玄人も素人もない。

皆さんの原稿を待っています。

セレモニー

2006年1月20日

今年も仕事始めは、パナソニック・トヨタ・レーシングの新車発表会となった。2003年から毎年、この発表会に出席しているが、今年ほど「勝利」を意識した発表会はなかったように思う。これまでは、「できるだけ多くのレースでポイントを取り、早い段階で表彰台に立ちたい」というコメントにとどまっていたが、今年は冨田務チーム代表をはじめ、その他のスタッフの多くが「優勝」の二文字を言葉にしていたほどである。1年間で、こんなにもチームが変わるものかと、昨年のパナソニック・トヨタ・レーシングの躍進を振り返るとともに、昨年不調だったチームには一昨年シーズンを席巻したところもあり、あらためてF1の競争の激しさも実感した。

昨年もパナソニック・トヨタ・レーシングは早めに新車を発表し、走り込みを続けながら、クルマを熟成させていった。それが今年は、新車の骨格となるTF105Bを、前のシーズンの終盤2戦に投入するという異例とも思えるプログラムを組み、11月末には新車TF106をシェイクダウン。新車発表会では、なんと改良型マシンであるTF106BをモナコGPから投入することを、シャシー担当テクニカルディレクター、マイク・ガスコインが明言している。

年末のテストはコンセプトカーでエンジンとギアボックスの耐久性をチェックし、年明けに新車をシェイクダウンするものとばかり思っているボクの頭では、いまパナソニック・トヨタ・レーシングが走らせているクルマが新車なのか、5月末のモナコで登場するクルマを新車と呼ぶべきものなのか、整理がつかないままだ。

おそらく、クルマを開発するエンジニアには新車とか旧車とかいう概念自体が、そもそもないのかもしれない。1日3交替制で365日、24時間も風洞を回し、ドイツのTMGと日本の東富士研究所で開発を行っているスタッフから見れば、マシンは日々進化させていくもので、1月の発表会のセレモニーのためだけに1年間かけて開発するものではないのだろう。さらに新車を完成させたからといって、開発が止まるわけはなく、新しいアイディアが出れば、それをできるだけ早く作ってサーキットで走らせたいというのが本音だろう。

ちなみに現在のスケジュールでは、開幕直前の2月中旬から下旬にかけてのバルセロナ合同テストで、新しい空力パッケージを投入するという。つまり、開幕戦には新車発表会で見たエアロパッケージとは異なるスタイルのクルマが登場するわけで、すでにファクトリーではその作業に取りかかっているという。また、モナコGPから投入が予定されているBスペックは、現在テストで得たデータを元に、ブリヂストン・タイヤに100%合わせた新設計のクルマというスタンスでいる。

パナソニック・トヨタ・レーシングの初勝利を味わいたい一方で、そんなにたくましくなったチームの成長をしっかりとレポートできるかどうか不安になるほど、現在のF1の開発がすさまじいスピードで進んでいることを実感した、フランス・バランシエンヌでの発表会。いまのパナソニック・トヨタ・レーシングにとって本当のセレモニーは、表彰台の頂点に立つことなのかもしれない。

ブリヂストン

2006年2月3日

2005年10月14日。最終戦が行われようとしていた上海で、あるミーティングが行われた。集まったのは、フェラーリのロス・ブラウン、ウイリアムズはサム・マイケル。そして、トヨタからはマイク・ガスコインが出席した。会議を招集したのは、ブリヂストンだった。いずれも勝利を経験したことがあるテクニカルディレクター。その強者たちを前にして、ブリヂストンのモータースポーツ開発室長は、次のような提案を行った。

「タイヤの走行に関するデータを3チームでシェアしましょう。そうすれば、われわれの開発スピードはいままで以上に向上します」

2005年、事実上1チームだけでブリヂストン・タイヤをテストしてきたフェラーリには、この提案に異議を申し立てる理由はなかった。そして、新たにブリヂストン勢に加わるウイリアムズとトヨタにとっても、開幕までの短期間にタイヤに合わせたクルマづくりを行うためには、ブリヂストン・ユーザーの中でいがみ合うより、タイヤに関してはオープンになって、お互いに情報をシェアし合うほうが得策だった。

ブリヂストン勢トップ3によるチーム間協定が締結した瞬間だった。

浜島MS開発室長はさっそく3チームでシェアする情報のフォーマットづくりを行った。何を共有し、何を秘密のままにすべきか。走行データは膨大で、さらに「タイヤはタイヤだけ」と簡単に区別できるほど、現在のF1のデータは単純ではない。浜島MS開発室長はウインターテストが始まる11月下旬まで何度も各チームとデータの交換方法に関して、連絡を取り合った。

そして、迎えたウインターテスト。12月に入って、ブリヂストンは新しいタイヤを用意してきた。それは昨シーズン後半に、ブリヂストンが2006年に向けてフェラーリに履かせてテストしていたこれまでのブリヂストン・タイヤにはない、革新的な構造を持つリアタイヤだった。しかし、タイヤのパフォーマンスを上げると、それを引き出すためのセットアップ作業もまた難しくなる。異なるメーカーのタイヤに慣れるだけでも大変なこの時期、パナソニック・トヨタ・レーシングはいきなり難しい作業の連続となった。パナソニック・トヨタ・レーシングが新しいリアタイヤ投入の目途が付いたのは、12月のテストを終了したころだった。

だが、この結果はブリヂストン勢にとって、大いに勇気づけられる結果となった。それはパナソニック・トヨタ・レーシングがすでに11月下旬のテストから 2006年用のクルマを走らせていたからだ。2005年にフェラーリがテストして、ある程度の手応えはつかんでいたものの、V8エンジンを搭載した2006年型車両でもパフォーマンスの向上が確認できたことは、ブリヂストン勢にとって大きな前進となった。これにより、1月に入ってブリヂストン勢は、新しいリアタイヤのグリップ力に負けない新しいフロントタイヤの構造を試し始めるのである。ハードブレーキングが何カ所かあるヘレス、その後は19戦中もっともフロントタイヤに厳しいといわれるバルセロナで走り込んだ。

いまブリヂストン勢は前後に投入した新しい構造にベストマッチする最新のコンパウンドの選定作業に入っていると聞く。テストはバレンシアとヘレスで行われた後、フェラーリが開幕戦の舞台となるバーレーンへ飛び、トヨタはイタリアのバレルンガ、そしてウイリアムズはバレンシアで走り込みを行う。そして、その1週間のテスト結果を、データ共有する3チームが分析し、おそらく開幕戦に使用するタイヤが最終的に選定されるのだろう。

11月から見守り続けているブリヂストンの濱村一之テストオペレーションマネージャー(写真右の左/車両デザイン及び開発ゼネラル・マネージャーのパスカル・バゼロンとディスカッションを繰り返す濱村テストオペレーションマネージャー)は言う。「確かにルノーは速い。しかし、われわれにもまだまだタマ(対抗できるコンパウンド)は残っています。いまはまだ一発のタイムを狙う段階ではありません」

テストはこれからが本番を迎える。

エキゾーストノート

2006年2月17日

バルセロナでウインターテストを取材していたとき、ある異変に気がついた。それは、エキゾーストノートである。

プレスルームがあるのは、ピットビルの2階。カタロニア・サーキットでもっともエンジン回転数を上げていくホームストレート脇である。目の前のホームストレートを駆け抜けていくF1カーから発せられるエンジン音が微妙に異なるのである。もちろん、それぞれのチームは異なるエンジンを搭載しているのだから、エキゾーストノートが違って聞こえるのは、当然といえば当然である。しかし、V10エンジン最後の戦いの地となった上海では、素人にはその違いが聞き分けられないほど、最近までエンジン音は類似していた。

ところが、V8エンジンが出そろった1月末のバルセロナでは、まだエンジン音にバラつきがあった。このバラつきは何もエンジンメーカーだけの違いによるものではなかった。同じエンジンでも、午前中と午後、あるいは初日と2日目で異なることは珍しくなかったのである。なぜか? 

「テストプログラムを優先させるために、エンジンの回転数を調整して、ライフを管理しているんですよ」(某エンジニア)

ウインターテストプログラムは車体セッティングに関するもの以外に、エンジンに関するもの、さらにタイヤに関するものなど多岐に渡る。一日に約100周も走行するのは、そのためである。もし、エンジンに関するテストを行っていたならば、パフォーマンスの限界をチェックするために、エンジンは使用可能回転数の上限で走らせるのだろう。

しかし、その日のテストがタイヤであるならば、最高回転数を多少落としても、コーナリングスピードにあまり影響を与えずにテストできるだけでなく、エンジンの信頼性には大きく貢献するため、テスト途中でのエンジンブローの危険を回避することができる。テストプログラムは朝から夕方までほとんど休みなしで行わなければならないため、予期せぬエンジンブローはその後のスケジュールを大きく乱してしまうだけに、できるだけ避けるのがテストの掟である。高性能のレーシングエンジンでは高い回転数の使用を少し落とすだけで、信頼性は飛躍的にアップする。例えば、昨年までのV10エンジンでは最高回転数を1000回転落とすだけで、寿命は2レースから3~4レースへと大きくアップするといわれていた。

エンジン音が違って聞こえていたのは、エンジンのテストを行っているチームと、エンジン回転数を下げて、異なるプログラムをテストしていたチームが存在していたからだった。もちろん、同じチーム、同じクルマでも、エンジンの寿命をコントロールするために、回転数を調整していたところもあった。しかし、そのような状況にはV10エンジンのときはあまり直面しなかった。それはV10エンジンの信頼性が、ある程度確立していたためであり、それと異なる状況の今年は、まだV8エンジンの信頼性が確立されていないということの裏返しでもある。

毎日アップデートされるテストでのラップタイムは、1周だけのベストタイムである。そこには、2グランプリ分のマイレージ(約1400km)に達する前にエンジン交換しながらテストを続行しなければならなかったという状況や、回転数を落としながらレースディスタンスを走りきったというレポートは盛り込まれていない。

開幕戦まで、あと3週間。バーレーン・インターナショナル・サーキットにはどんなエキゾーストノートが響くのだろうか。