新しい扉
2006年6月30日
1年ぶりのインディアナポリスは、温かかった。
もちろん、天気の話ではない。インディアナポリスの市民であり、サーキットに訪れたモータースポーツファンの優しさである。
20台中14台がフォーメーションラップ中にピットインして、レースを終えるという前代未聞の事態に見舞われた昨年のアメリカGP。6台だけでスタートしたレースに対して、エキゾーストノートよりも大きいと思われるようなブーイングがグラントスタンドから沸き起こった苦い記憶は、最終コーナーでそれを見ていたボクの心に、いまも残っている。
さらにレース中、ゴミがコースに投げ込まれ、表彰式の国家演奏は罵声によってかき消され、勝者に笑顔はなかった。サーキットを出ようとしたあるチーム関係者がファンからの暴動に遭ったという知らせを聞き、ドライバーやチームスタッフが皆、私服に着替えてサーキットをあとにする姿は異様で、プレスルームにいた者ですら、首からブラさげているパスをカバンにしまい、F1関係者であることを隠して帰路についたものだった。
だから、インディアナポリスに来るのは、あまり気が乗らなかったし、正直怖かった。しかし、木曜日にサーキットに入ると、そんな不安は吹き飛んだ。サーキットへ続く道がデモ隊によって塞がれているわけでもなく、ドライバーが出席したトークショーや、サイン会は大盛況だった。
もちろん、日曜日になったらデモ行為が起きるかもしれないし、木曜日にサーキットに足を運ぶようなファンはF1が大好きな人たちばかりだろうから、この日の状況だけで、「昨年、F1がインディアナポリスに残した汚点が晴れた」などと言うつもりはない。しかし、F1関係者がなんとか今年のアメリカGPを盛り上げようとさまざまなイベントを開催し、ドライバーたちが協力し、それを見ようとファンがサーキットに駆けつけたことは、事実である。
歴史は、いくら振り返っても変えることはできない。しかし、僕たちは未来に向かって、新しい扉を開くことはできる。2006年のアメリカGPを楽しもうではないか。
次回、GP Diaryは7月1日に更新の予定です。お楽しみに。
祈り
2006年7月1日
年甲斐もなく、お天道様にお祈りをした。
ヤルノが終盤ポイント圏内を走行し、イタリアGP以来、13戦ぶりに入賞したモントリオールでの話である。昨シーズン末から、あれだけ不運が続いていたのだから、当然といえば、当然である。
しかし、本来ボクはめったなことで、「神様、仏様」なんて、手を合わせることはない。結果というのは、あとから付いてくるもの。トラブルは、偶然には訪れない。それを回避できなかったのには、それなりの訳がある。ボクはこれを「必然の理論」と勝手に命名している。例えば、ラルフ・シューマッハがシルバーストーンでスタート直後に接触事故に遭ったのも、元はといえば、スタートで出遅れたから。偶然ではなく、そうなるべきして、ぶつかったのである。
そんなボクが、モントリオールに続いて、このインディアナポリスでも2週連続してお祈りをしてしまった。今回はヤルノではなく、ラルフへ対してだった。
昨年、タイヤトラブルから最終コーナーでクラッシュしたR・シューマッハ。彼はその1年前、ウイリアムズに在籍していた2004年にもレース序盤で同じようにタイヤトラブルが原因と見られるスピンにより、大クラッシュに遭っている。このとき、R・シューマッハは背骨にヒビが入るという重傷に見舞われ、6戦を欠場した。
場所は昨年と同じ最終コーナーだった。
今年、パナソニック・トヨタ・レーシングはミシュランからブリヂストンにタイヤをスイッチした。だから、技術的にはR・シューマッハに同じようなトラブルが起きるはずはなかった。しかし、同じサーキット、同じコーナー、しかも同じ原因でクラッシュしていれば、3度同じことが続くのではないかと考えるのは、当然である。この一戦だけ、R・シューマッハが欠場を申し出たとしても、ボクはそれをとがめることはなかったと思う。
もちろん、R・シューマッハのハートはそんなにヤワではない。彼は普段と同じようにインディアナポリスに表れ、ファンサービスを行い、メディアの質問に答え、コクピットに収まり、そしてコースインしていった。何事もなかったように……。
「だから、せめて今日一日だけは、ラルフに何事も起こらないように」と、最終コーナーで写真を撮りながら、お祈りしてしまったのである。
初日、27番手。そんなことより、タイヤにバイブレーションを感じながらも、ラルフが無事にこの日のセッションを終えたことに、ボクは感謝の気持ちでいっぱいである。そして、31回目の誕生日を祝いたい。
次回、GP Diaryは7月2日に更新の予定です。
お楽しみに!
バックアップ
2006年7月2日

事実上、1スペックでの戦いである。そこまでして、今回ブリヂストン勢は、安全性を徹底させようという意思統一を行っている。
本来、グランプリごとに、各チームは2種類のタイヤを持ち込むことができる。いわゆる、ソフトとハードである。しかし、アメリカGPでブリヂストン勢はそういう選択はしなかった。もちろん、2種類持ち込んではいる。しかし、そのうちの1種類は、昨年ここで使用したものと同じスペック。構造だけでなく、コンパウンドも同じ、まったく同一のスペックを搬入。それは戦うためではなく、予期せぬ事態に備えてのバックアップ用のタイヤである。
今年のブリヂストンは、シーズン前に構造を一新。コンパウンドもオーストラリアGPから新しいタイプのものが採用されている。昨年、このインディアナポリスでタイヤトラブルを起こさなかったブリヂストン・タイヤだが、この新しいタイヤでインディアナポリスを走るのは、初めてとなる。「理論上、今年の新構造のタイヤでもインディアナポリスの最終コーナーでは危険はない」(浜島裕英MSタイヤ開発室長)はずだが、レースは何が起こるかわからない。しかも、昨年のことがあるだけに、ブリヂストンが慎重になるのは理解できる。
したがって、今回ブリヂストン勢は2種類のタイヤから、どちらを選択するのか迷うことなく、今年型のタイヤを装着して走行を開始。バックアップ用のタイヤを使った走行は、第3ドライバーを擁するウイリアムズが代表して行うことで合意。アレキサンダー・ブルツが今年型のクルマに装着してインディアナポリスを走行しても、問題ないことは確認している。徹底した危機管理。ブリヂストンのフィロソフィーを感じさせる決断である。
そんなブリヂストンの浜島裕英MSタイヤ開発室長の元へ、予選直前に10人いるブリヂストンユーザーの中から、たった一人だけ確認に来たドライバーがいる。R・シューマッハだった。
「その後、タイヤに何か問題はないか」(ラルフ)
「心配ない」(浜島)
昨年は、「日曜日にレースが行われるかどうか」不安だったレース前夜。今年は、「2年ぶりにインディアナポリスでどんなバトルが繰り広げられるか」楽しみで、なかなか寝付けなくなりそうな土曜日の夜である。
次回、GP Diaryは7月3日に更新の予定です。お楽しみに。
借り
2006年7月3日


インディアナポリスの借りは、インディアナポリスで返すしかない。
「借り」とは昨年、唯一の勝利となったインディアナポリスでのブリヂストンの優勝に対する懐疑である。したがって、第10戦アメリカGPはブリヂストンにとって、18分の1のグランプリではなかった。是が非でも勝って、昨年ここで挙げた勝利が、ミシュラン勢不在で得た棚ぼたではないことを証明しなければならなかった。
そして、その先鋒に立ったのが、やはり昨年、このインディアナポリスを制したフェラーリのミハエル・シューマッハだった。何の罪もなかったにもかかわらず、レース後、不満が爆発した観客から、優勝したM・シューマッハにはヤジとブーイングが飛ばされ、表彰台でのM・シューマッハに笑顔はなく、まるで喪に服しているかのように沈んでいた。彼にとっても、今年のアメリカGPはなんとしてでも勝ちたいグランプリだったはずだ。
果たして、レースはフェラーリの圧勝。ミシュラン勢がいても、インディアナポリスでM・シューマッハとブリヂストンは、最速だった。
レース後、パメクフェルメの下でコクピットを降りたM・シューマッハは、いつものようにフェラーリのメカニックたちのもとへ向かい、喜びを爆発させた(写真上左)。そして、自分だけでなく、2番手についてきてくれたフェリペ・マッサを抱きかかえて、昨年と同じようにフェラーリが1-2体制でフィニッシュしたことを喜んだ。
そして、表彰台へ向かおうとフェラーリの集団から離れて歩き出したとき、ふと別方向に目をやったのである。彼の目に映ったのは、昨年ここで勝利しながら、ともに辛酸をなめたブリヂストンの浜島裕英MSタイヤ開発室長だった。
抱き合う2人。このとき、浜島MSタイヤ開発室長は、M・シューマッハから感謝の言葉を耳にしたという。直後にお話をうかがったとき、彼の顔には汗と共に光るものが流れ落ちていたように見えたのは、そのせいだろうか。
いずれにしても、だれがあの日、速かったのか。あの日のインディアナポリスではだれが勝者で、だれが敗者だったのか。この日、M・シューマッハとブリヂストンは、そのことを言葉ではなく、自らの走りで証明していたように思えた。
レースはスタート直後(写真上右)に多重クラッシュが発生するなど、サバイバルレースとなり、結局9台のみの完走となったが、レース中ブーイングが鳴ることはなく、表彰式でも拍手は鳴りやまなかった。勝者が称賛されるという、当たり前のことが、この日は涙が出るほど感動的なシーンとしてボクの心を揺さぶった。
いいレースだった。

次回、GP Diaryは7月7日に更新の予定です。お楽しみに。
ガッツポーズ
2006年7月7日
日曜日の午後12時30分。ピットレーン出口の信号がグリーンランプとなり、ドライバーたちがいっせいにガレージを出て、ダミーグリッドへつく。1周だけ走行して、そのままダミーグリッドへつくものもあれば、ピットレーンを通過して、クルマのチェックを何度か行ってからグリッドへ向かう者もあった。
そして、15分後の12時45分にピットレーンは閉鎖。この時点で、ひとりのドライバーがピットにとどまったままだった。ヤルノである。
ピットを離れて、ダミーグリッドへドライバーが向かうと、担当エンジニアやメカニックたちも、タイヤなどの機材とともにグリッドへ急ぐ。しかし、ヤルノの担当エンジニアとメカニックは、グリッドではなく、ピットレーン出口で待っていた。そして、そこにクールな顔をしたオッシ・オイカリネンが立っていた。オイカリネンはチーム創設時からのエンジニアのひとりで、過去にマクニッシュ、ダ・マッタを担当。昨年からヤルノとコンビを組んでいる。とても冷静なフィンランド人で、ドライバーを落ち着かせることがうまい(写真下左、ヤルノと話すオイカリネン)。


12時45分ごろ、ちょうどピットレーン出口にいたボクは、「もうすぐピットレーンが閉鎖されるよ?」と、腕時計を指さしながら尋ねると、オイカリネンは両手のひらを下に向けて「だいじょうぶ、落ち着いて」というジェスチャーをした。微笑みながら。
前日の予選でリアサスペンショントラブルから予選20番手。その後ニコ・ロズベルグ(ウイリアムズ)のエンジン交換により、19番手からのスタートが予定されていたヤルノだが、チームはピットレーンスタートを選択した。故障した箇所だけでなく、リアサスペンションのほかの部分も交換するためだった。そして、オイカリネンはヤルノのモチベーション維持にもしっかりと気を配っていた。
「ピットレーンスタートとなったが、レースをあきらめるのはまだ早い。インディアナポリスでTF106Bは速い。日曜日のレースはピットスタートでも、充分にチャンスはある」と……。そして、その言葉を信じ、オイカリネンの立てた作戦を見事に実行したヤルノは、1時間半後に4位でチェッカーフラッグを受けたのである。
レース後、取材をひと通り終えて、プレスルームへ向かう途中、プレスに囲まれて祝福を受けているオイカリネンに出会った。そして、ちょうどそのとき、オイカリネンと同郷のロズベルグがやってきて、「今日のヤルノは速かった。だって、最終コーナーでぴったりとスリップにつかれたと思ったら、あっという間に抜いていったんだから」(写真上右)と、ヤルノとともに、そのヤルノを4位に押し上げたオイカリネンとトヨタの仕事を称えていた。
表彰台を獲得したわけでもないのに、インディアナポリスのパドックでフェラーリに次いで多くの祝福を受けていたパナソニック・トヨタ・レーシング。そして、右手を突き上げてフィニッシュラインを通過するヤルノ。そのガッツポーズに、アメリカGPで見せたTF106Bの実力とそのクルマを手にした喜びの大きさをあらためて感じるのだった。
次回、GP Diaryは7月21日に更新の予定です。お楽しみに。
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応募は締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。