旧友
2006年7月28日


ピットレーンを歩いていたら、「コンニチワ」と声をかけられた。振り返ると、ヤルノのレースエンジニアであるオッシ・オイカリネンだった。午後8時を過ぎていたが、この季節のドイツは日没が9時半ごろなので、外はまだ充分明るく、ボクもついつい「こんにちは」と返答してしまった。そして、すぐに「ノー、ノー。コンバンワ」と言うと、オイカリネンも「しまった!」という表情で、「アイ・ノウ。アイ・ノウ」を繰り返していた。
オイカリネンが日本語を上手にしゃべっているのは、彼がパナソニック・トヨタ・レーシングという日本のチームの一員であることも大きく影響しているのだろうけれど、理由はそれだけではない。彼がアロウズに在籍していた99年、オイカリネンは日本人ドライバーと仕事を共にしていた。そのドライバーは高木虎之介である。
オイカリネンは当時、まだドライバー担当のエンジニアではなく、チームのデータエンジニアだった。そのとき、虎之介のレースエンジニアを務めていたのはクリス・ダイヤーだった。そう、現在ミハエル・シューマッハの担当レースエンジニアである。
「当時のアロウズには、才能にあふれたエンジニアがたくさんいたよ。でも、残念ながら、予算が潤沢じゃなかった……」
その言葉が嘘でないことは、前戦フランスGPを見ればわかる。トップを走るクルマをダイヤーが担当し、レース中盤まで4番手を走行していたクルマを担当していたのは、オイカリネンだったのである。
ダイヤーとオイカリネンがアロウズを去った後、チームはF1活動を中止。多くの優秀なスタッフは職を追われた。しかし昨年末、11番目のチームが旧アロウズのファクトリーに新チームを設立。多くのスタッフが戻ってきた。
木曜日夕方、パナソニック・トヨタ・レーシングのガレージを離れて、ピットロード出口へ向かうオイカリネンの姿があった。彼は旧友たちが仕事している11番手のチームのガレージの前で足を止め、エネルギッシュに働く彼らの姿を楽しそうに眺め、駆け寄ってきた旧友たちとしばしの間、談笑していた(写真左)。
その11番目のチームから、このドイツGPで新しい日本人F1ドライバーがデビューする。そのドライバーが、虎之介が持っていた日本人のF1デビュー最年少記録を更新したことをオイカリネンに知らせると、オイカリネンは微笑みながら、こう答えた。
「また、楽しみな日本人ドライバーが増えたね」
さまざまな思い出と希望が交錯しながら、ドイツGPの幕が開けた。
次回、GP Diaryは7月29日に更新の予定です。
お楽しみに。
マス・ダンパー
2006年7月29日

フランスGP後に使用が禁止されたマス・ダンパー。トヨタは「いっさい使用していない」とコメントしている(写真はフランスGP)

金曜日のフリー走行では、セッション中にFIAの技術委員がガレージを見回り、ノーズコーンを外させて、マス・ダンパーをチェックしていた
「マス・ダンパー」。今回のドイツGPでもっとも注目を集めている言葉である。
発端は、木曜日の走行前車検で、ルノーのTカーにフランスGP後に禁止となった、あるデバイスが装着されていたのを、FIAの技術委員が発見したことだった。そのデバイスが「マス・ダンパー」である。その後、このデバイスの使用を巡って、いったんは審議委員会が使用を許可したものの、それをFIAが覆すというドタバタが見られたものの、結局今回のドイツGPでは「マス・ダンパー」の装着は禁止された状態となっている。
そもそも「マス・ダンパー」とは、いったいどのようなデバイスなのだろうか。ダンパーという名称から、サスペンションの一部と勘違いされそうだが、この装置はサスペンションとは無関係の装置である。「マス・ダンパー」はクルマの振動を抑える目的で開発されたもので、主にノーズコーンの中に装着されているデバイスだ。したがって、チーム関係者以外ほとんど目にしたことがなく、関係者の話を総合すると、形は缶詰型で重量は約10kg。その中に上下に吊されたおもりが入っているという。
それでは、このデバイスにはどのようなメリットがあるのだろうか。クルマにはブレーキングやコーナーリングの際に細かな振動が発生している。基本的にこの振動はサスペンションに装着されているダンパーやサードダンパーよって制御されているのだが、それでもシケインを飛び越えた瞬間などのスロー映像を見ればわかるように、F1カーというのは、サスペンションやタイヤの振動を完全には抑えきれない。
それだけなら問題ないが、この振動がやっかいなのは、フロントウイングなどの空力パーツにも影響を及ぼしていることである。空力というのは、車高が安定しているほうが効果が大きい。つまり、フロントウイングが振動するということは、フロントウイングの地上高が一定しないということにつながり、ひいてはダウンフォースが一定せずにブレーキングやコーナーリング時に運転しづらいクルマとなる。
これを解消する目的で開発されたのが、「マス・ダンパー」だった。そして、これは2年前からグランプリに投入されていて、すでに7チームがレースに使用、または開発を行っていたという。
ある関係者によると、「マス・ダンパー」は一発の速さよりも、その速さを維持する効力があり、予選よりもレースで大きな影響が見られるという。どんな結果が待っているのか。いま確実に言えることは、第12戦ドイツGPで、「マス・ダンパー」は使用不可となったという事実だけである。
次回、GP Diaryは7月30日に更新の予定です。
お楽しみに。
3年契約
2006年7月30日

土曜日午前中にエンジンブロウし、10番手降格となり、日曜日のレースは20番手からのスタートが予定されているヤルノ
「パナソニック・トヨタ・レーシングでF1人生を終えてもいいという気持ちで、走りに集中してほしかったからです」
木下美明TMG副社長は、このように今回ドイツGPで発表したヤルノとの3年契約を説明し、次のように続けた。
「ドライバー市場は変わるし、彼らのパフォーマンスも変化するので、チームとしては単年契約を望む傾向が強いことは確かです。一方、ドライバーは長期契約を結んで、落ち着いて仕事したい。だから、双方の間をとって、2年契約というのが多くなる。でも、今回3年契約にしたのは、ヤルノのパフォーマンスから考えて、まだ3年間は大丈夫と判断したことと、ヤルノの繊細なハートを考えると、気持ちよく仕事してもらうには3年が妥当だと考えたからです」
確かにピットスタートから4位に入賞したアメリカGPや、フランスGPでの序盤の走りを見ていると、まだ3年は充分にトップクラスの走りを披露してくれるとボクも思う。しかし、3年という期間に関しては、正直驚いた。というのは、現在F1界では、M・シューマッハ、アロンソ、ライコネンがトップ3と言われており、トップ3チームのエースとして活躍している。パナソニック・トヨタ・レーシングが今後チャンピオンを獲得するためには、この3人のうちだれかを引き抜く必要があると感じていたからである。しかし、木下美明TMG副社長は、即座にこれを否定した。
「確かに彼ら3人はいいドライバーだと思います。でも、彼らにも契約があるし、取れる年、取れない年というのはどうしてもある。でも、トップドライバー同士の差というのは、皆さんが思っているほど大きくもないんです。ほんのわずか。むしろクルマの差のほうが大きい。だったら、もめながらドライバー選択を毎年行っていくよりも、クルマを速くしていくことのほうが、チャンピオンへの近道。われわれがいまやらなければならないことは、速いドライバーを探すことではなくて、勝てるクルマを作ること。いまの2人のドライバーには満足しているので、この状態を長く続けたい」
それは、つまりラルフとヤルノの2人でチャンピオンを目指すということなのだろうか。木下美明TMG副社長は即答した。
「はい。ヤルノでチャンピオンを獲ろうと思っています。契約を更新する際、ヤルノともそう約束しています」
発表の場となったドイツGP。日曜日のレースはチームにとってもヤルノにとっても、頂点を目指す第一歩のグランプリ。Tカーでのスタートとなるが、焦ることなくラップを刻んでほしい。
次回、GP Diaryは7月31日に更新の予定です。
お楽しみに。
快走と失速
2006年7月31日
前戦フランスGPに続いて、ブリヂストン・ユーザーが力強い走りをホッケンハイムでも披露した。
1-2フィニッシュを飾ったフェラーリ勢はもちろん、トラブルやアクシデントに巻き込まれて望みうる結果にはつながらなかったものの、真夏のホッケンハイムリンクでオーバーテイク王と化したパナソニック・トヨタ・レーシングの2台のレースペースも悪くなかった。ライバル勢を次々と抜き去っていったヤルノとラルフ。彼らが数多くのオーバーテイクを披露できたのは、後方からの追い上げを強いられたことが最大の要因だが、実際に彼ら自身が速かったことも確かである。
レース中のファステストラップで、トップ3のM・シューマッハ、マッサ、ライコネンに続いて名前を連ねているのは、ラルフとヤルノの2人。彼らはレース序盤、ペースが上がらないライバル勢の間でレースを行っていたので、それがなければもっと速いラップも刻めていたに違いない。それだけの速さがあったからこそ、20番手からスタートしたヤルノが、終盤ルノー勢を激しくプッシュして7位でフィニッシュできたのである。
パナソニック・トヨタ・レーシングの2台に続いてファステストラップて6番手のスピードを見せたのがウイリアムズのマーク・ウェバー。じつにファステストラップでトップ6のうち、5台をブリヂストン勢が占めていたことになる。しかも、3チームはいずれも異なるコンパウンドを採用。フェラーリが採用したソフトも、ウイリアムズのミディアムも、トヨタのハードもしっかり機能しているところに、いまのブリヂストン勢の安定した強さがうかがえる。
対するミシュラン勢だが、トップランナーだったルノーの失速は、ドイツGPでの最大のミステリーだった。相対的にブリヂストン勢が有利だった今回、ミシュラン・タイヤを履くルノーが苦しい戦いを強いられることは、ある程度予想できた。しかし、彼らは同じミシュラン勢にも遅れをとった。これは今シーズン初めての珍事である。
この背景には、7月29日のGP Diaryでも触れたように、「マス・ダンパー」の使用が今回から禁止された影響もあったのだろう。ただし、原因はそれだけではない。あるミシュラン・ユーザー関係者は次のように分析した。
「ルノーが採用している構造はほかのミシュラン勢とは異なっている。彼らは冬のテストから発熱しやすいクルマづくりをしていて、それが序盤戦の好ダッシュにつながった。でも、夏場に来て、それがアダとなった」
F1グランプリは、ドイツGP直前のテストを最後に、約1カ月間のテスト禁止期間に入った。すでにハンガリーGPのタイヤはドイツGP前に準備されている。ルノー勢の背中が見えたホッケンハイムでのパナソニック・トヨタ・レーシング。昨年表彰台を獲得した地で、跳ね馬に続くパフォーマンスを披露してほしい。

ホッケンハイムでは、確かにルノーを上回るスピードを見せた
次回、GP Diaryは8月4日に更新の予定です。
お楽しみに。
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