f1.panasonic.com

オフシーズン

  • Diary by 尾張正博
  • Results
  • Gallery
  • 尾張正博のプロフィールを見る
  • 2007年 尾張正博 使用カメラ

果実

2007年11月9日

「ようやく、低い枝になっているリンゴを採り尽くしました。やっと、これから高い枝になっているリンゴを取りに行けます」

これは木下美明TMG副社長に、今シーズンを総括していただいたときの言葉である。風洞実験の成果をリンゴの木に例えて、現在のTMGの開発状況を説明したのだ。風洞実験はわれわれが想像しているよりも、時間を要する作業である。3年前に最新の大型コンピュータを導入して風洞実験を見直したパナソニック・トヨタ・レーシングは、翌05年にブレイクした。技術的なレギュレーションが変更され、約25%が失われたと言われるダウンフォースをいかに取り戻すかという競争でアドバンテージを得たからだった。

ところが、その後F1は06年からエンジンが2.4リッターV8とコンパクト化された。そして、それにともなって、空力の開発も新しい時代へ突入する。エンジンが約200馬力パワーダウンしたため、空力もダウンフォース至上主義から、効率の良いダウンフォースが求められるようになったのだ。同じダウンフォースを発生させるのであれば、空気抵抗は少ないほうがいい。特にストレートでの空気抵抗がエンジニアたちを悩ませた。昨年から今年にかけて、可変ウイング問題がたびたびクローズアップされたのが、そのいい例である。

そして、このストレートでの空気抵抗を軽減する開発で後れを取っていたのが、パナソニック・トヨタ・レーシングだった。冒頭の「低い枝」とは、このことだった。そして、それは富士スペシャルとして投入される予定だった新しいリアウイング(写真上左)の開発によって、ようやく取り尽くすところだった。しかし、雨によって富士スペシャルはお蔵入りとなった。ウエットコンディションとなったため、チームは日本GPの土曜日午前中から、シルバーストーンなどで使用したミドル・ハイダウンフォース仕様(写真上右)に切り替えるしかなかったからだった。

「今年のワーストレースはどのグランプリですか?」と山科忠TMG会長に伺ったとき、「富士」と答えた裏には、その無念も含まれていたのではないかと察する。

いずれにしても、「ストレートでのエアロダイナミクスの開発はようやくトップレベルに追いついた」(木下副社長)パナソニック・トヨタ・レーシングの次のステップは、高い枝になっているリンゴを取ることだ。それは、コーナリング時のダウンフォースの開発である。ブラジルGPでは新しいフロントウイング(写真下)が持ち込まれたが、金曜日に雨が降るなどして、ドライでのセットアップ時間が制限されたため、新ウイングを装着しての走行は見送られた。

実りの秋は、終わった。もうすぐ、冬が始まる。ウインターテストでトヨタがどんな空力パーツをまとって走行を開始するのか、楽しみにしたい。

次回、GP Diaryは11月24日に更新の予定です。
お楽しみに。

可夢偉

2007年11月23日

「私は、チームが今後も正しい方向に進むことを望んでいる。今年はテストに関する協定が変更され、予想よりも走行する機会は限られたものとなってしまった。レーシングドライバーとして、ほかのドライバーの走りをただ見守るというのは、正直楽しい時間とはいえず、残念だった。でも、私がテストするときはチームからいつも大きなサポートを得ることができたし、共に楽しく仕事をこなせた。今日で、パナソニック・トヨタ・レーシングとはお別れとなったが、チームスタッフ全員に感謝したい」

これは11月15日にバルセロナで行われていた合同テストで、パナソニック・トヨタ・レーシングのサードドライバーとして、最後のステアリングを握ったフランク・モンタニーの惜別の言葉である。

現在のF1は、スケジュールが過密になったことと、移動距離も長くなったため、ほとんどのチームがグランプリとグランプリの間のテストを担当するドライバーを、テストドライバーやサードドライバーという名称で雇っている。テストは、レギュラードライバーと同様のスピードで走行しないと意味がない。多くのチームがテストドライバーに、元レギュラードライバーを抜擢するのは、そのためである。

モンタニーは昨年、スーパーアグリで7戦レースに出場。その前は、ルノーのサードドライバーとして、同チームのチャンピオン獲得の礎を築いた。モンタニーが加入する前、パナソニック・トヨタ・レーシングのサードドライバーを務めていたのは、リカルド・ゾンタだった。彼もまた、99年と2000年にBARでレギュラードライバーとして活躍したドライバーだった。2002年にF1にデビューしたトヨタにはテストドライバーが不在だった。その1年後の新車発表会。新しいドライバーラインアップの中に、サードドライバーとしてゾンタの名前を見たとき、「ようやくトヨタもライバル勢と肩を並べて戦える」と感じたものだった。

そのトヨタが08年にサードドライバーとして契約を結んだのは、F1のレースを経験しているベテランではなく、今年ユーロF3シリーズを戦った21歳の小林可夢偉(写真)だった。これは、大きな方向転換である。そして、そこに09年以降のトヨタの方向性を感じる。タイヤがワンメイクとなり、さらにトラクションコントロールが禁止されてセットアップ作業が大きく変更される08年のF1は、レギュラードライバー以外がグランプリの週末にステアリングを握ることはなくなるはずだ。つまり、可夢偉がグランプリ期間中にトヨタF1をドライブするチャンスはない。

では、なぜトヨタは小林をサードドライバーに抜擢したのか。それはヨーロッパで行われる合同テストで可夢偉を走らせ、可夢偉にF1とヨーロッパのグランプリサーキットの経験を積ませるためではないだろうか。可夢偉は08年、中嶋一貴が今年参戦していたGP2シリーズにステップアップするとともに、GP2アジアシリーズにもエントリーするという。これもセパンとバーレーンのサーキットで経験を積ませることが第一の目的と考えられる。つまり、09年のレギュラードライバー昇格を目指して、トヨタは可夢偉を教育しているのではないだろうか。

「うれしいというより、責任を感じています。いま、僕はF1ドライバーという扉の前に立っているんですから。でも、そのドアを開けるための鍵はまだ持っていない。それをいただけるかどうか……」

一貴は自分の手で、扉を開けた。可夢偉にも、その扉をこじ開けてもらいたい。

次回、GP Diaryは12月7日に更新の予定です。
お楽しみに。

レーシング

2007年12月7日

「今シーズンからわれわれはギアボックスをシームレスに切り替えました。そして、そのインターナル(内部機構)はウイリアムズ製のものを採用しました。われわれも2年ほど前から開発を始めていましたが、すでに開発を進めていたウイリアムズのほうが、完成度という点で正直、われわれよりも高かったからです。信頼性を重視するわれわれ自動車メーカー出身のエンジニアが考える機構と比べると、305kmのレースを専門に戦ってきたレーシングチームが考える機構はまったく違う発想で作られたもので、いろいろと勉強させてもらいました」

これは、シーズン中に木下美明TMG副社長に、シームレス・ギアボックスに関して伺ったときのコメントである。

ウイリアムズにエンジンの供給を開始して2年目の07年シーズンのトヨタは、エンジンだけでなく、ギアボックス、そしてタイヤというクルマを構成する主要部分において、ウイリアムズとまったく同じ構成で戦っていたことになる。しかし、成績ではコンストラクターズポイントでウイリアムズが33点を獲得したのに対して、パナソニック・トヨタ・レーシングは13点と20点も水を開けられてしまった。その要因は1つや2つではないが、この差を生んでしまった大きな理由が、冒頭の木下TMG副社長の言葉に隠されていたような気がする。それは、「自動車メーカー出身のエンジニアが考える方法」と「305kmのレースを専門に戦ってきたレーシングチームのエンジニアが考える方法」である。

両チームのレースに対するアプローチの違いが端的に表れていたのが、第6戦カナダGPと第9戦イギリスGPである。カナダGPは4度もセーフティカーが出動する大荒れの展開だったが、このときウイリアムズのアレキサンダー・ブルツはレース序盤にリアウイングにダメージを負うというアクシデントに見舞われていた。ブルツ本人も、「ほとんど終わりかと思った」とあきらめていたほどである。しかし、チームはブルツをコースにとどまらせるのである。なぜなら、ローダウンフォースのモントリオールではリアウイングのダメージは致命傷にはならないと判断したからだ。そして、その判断と4度もセーフティカーが出動するという幸運にも助けられ、ブルツは3位表彰台を獲得するのである。

一方、イギリスGPでパナソニック・トヨタ・レーシングは、ラルフの左フロントホイールナットにトラブルが発生してリタイアに追い込まれた。その後、ラルフのトラブルの原因がその時点で究明できていなかったために、結果的にヤルノもピットインさせてリタイアに終わるというレースとなった。

車体の一部が壊れていたにもかかわらず、レースを続行して栄光を手にしたウイリアムズ。壊れていなかったにもかかわらず、ピットに入れてリタイアしたトヨタ。

パナソニック・トヨタ・レーシングが真のレーシングチームになるためのヒントが、そこに隠されているような気がするのは、ボクだけだろうか。

次回、GP Diaryは12月21日に更新の予定です。
お楽しみに。

ジョージ

2007年12月21日

取材をして、モノを書くという作業しているボクにとって、取材対象となる人物がどのようなキャラクターの持ち主であるかということは、非常に重要な問題である。これは、取材しやすか、しにくいかということではない。愛想が良くない選手でも、取材対象として興味深い人はいくらでもいる。その人間が発する言葉の中に自分の気持ちがしっかりと含まれているかどうか。要するに、本音で会話できるかどうかということである。

今年の7月からパナソニック・トヨタ・レーシングの代表に昇格した山科忠TMG会長は、そんなキャラクターを持っている貴重なレース関係者である。

組織が大型化し、自動車メーカーから大勢のサラリーマン部隊が流入するようになった昨今のF1は、「上司の命令がないと動けない」というスタッフが増えて、パドックで話をしていてもなかなか面白いネタに辿り着けない。というか、レース関係者と話すのがそもそもひと苦労な作業で、広報スタッフを通さないと、なかなか自由にレース関係者と話すことができなくなった。お膳立てされたテーブルで、広報スタッフがスイッチをオンしたICレコーダーが置かれた状態であっては、話に花が咲かないのは当然である。

しかし、山科代表はそういった風通しの悪い最近のパドックで、独特の存在感を醸し出している。

例えば、今年の新車発表会で名刺交換したとき、「これは、友人に作ってもらった名刺なんだ」と言って、トヨタのF1カーの隣でレーシングスーツを着て立っている自分のイラストが入った、コミカルな名刺を差し出すのである。名前の欄には、「George Yamashina」と書かれていた。アメリカに勤務していたときに、自分でつけたニックネームだという。

ユーモアがあるだけではない。言うべき事はしっかりと言う芯の強さも兼ね備えている。それは6月22日のDiary「ハートフル」を読んでもらえばわかると思う。

ストーブリーグの話になったときも、決して一辺倒のコメントを繰り返すことはなく、常に本音でいまの状況、あるいは自分の気持ちを発してくれた。夏頃に、「佐藤琢磨がトヨタ入りか」というウワサがあったときも、山科代表は「選択肢はみんな平等にありますよ」と言った直後に、「でも、もうハッキリしておいたほうがいいな。ない。100%(08年の琢磨のトヨタ入りは)ない」と語ってくれたものだった。そして、それがウソでなかったことは、その後のドライバーズラインアップを見ればわかる。

個性的なチーム代表が集うF1の世界で、ようやく日本人のチーム代表にも、彼らに負けないキャラクターの持ち主が出てきた。そして、それも含めて、これがF1に参戦するということなのである。山科代表には、今後もヨーロッパ勢の強者たちと対等に渡り合い、時には本音でトークをし、そしてしっかりと存在感を築いてほしい。

今年も一年間、ご愛読ありがとうございました。
新年最初のGP Diaryは1月18日に更新の予定です。
お楽しみに。