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Rd.09 イギリスGP

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コンマ3秒

2007年7月6日

「山科は『3年はほしい』と言っていましたが、私は『ダメだ、2年でやれ。本当は1年でやってほしいところなんだから』と言いました」

前戦フランスGPの日曜日、7月1日から正式にTMGの副会長から会長に昇進した山科忠チーム代表に、その日の朝マニ-クールに到着したばかりの渡辺捷昭トヨタ自動車社長は、柔和な顔をしながらも、厳しい口調でそう語った(写真左)。渡辺社長が指示した2年という期間は、「F1は個々の技術が高くてもダメ。総合力をいかに高めるかがポイント。それをTMGの会長である山科がうまくまとめて、2年以内にパナソニック・トヨタ・レーシングを表彰台の真ん中に立たせること。少なくとも、常に優勝を狙えるようなチームに育てる」までの時間である。

さらに渡辺社長は、こう続けた。「そのためには、『速い2チーム(フェラーリとマクラーレン)は置いておいて、それ以外で形成している団子状態の中から早く抜けろ』と言いました。そして、それを実現するためには、コンマ1秒とかコンマ2秒程度の進化じゃダメ。『コンマ3秒ぐらいの突き抜けるような速さを出すように』と注文を出しておきました。さっきもミーティングでそのことを確認して、『今日はともかく、次のグランプリからコンマ3秒への挑戦をするよう』に強く言っておきました。彼(山科)も苦しいでしょうが、頑張ってくれると思います」(写真右/フランスGP決勝レースのダミーグリッドでスタッフたちを激励する渡辺社長)

ボクはこの会見を聞いていて、正直うれしくなった。注文は決してやさしくはない。しかし、その言葉に思いやり、部下への信頼が感じられたからである。ボクはサラリーマンではないから、上司から期待をかけられた部下の気持ちをリアルに感じることはできないが、人がだれか他人から期待されて喜ぶ気持ちは想像できる。ましてや、それが会社のトップなら、なおさらである。

だから会見後、ボクはすでにその注文を聞いている山科TMG会長が、どんな気持ちでいるのか気になって、会って話を聞いた。

「ウチのクルマづくりは昔から36カ月単位で開発してきたから、そのうえで1年前倒ししてくることは、織り込み済み。本人(社長)は無理かもしれないと思っているかもしれないが、やりますよ。いままで社長から言われて、できなかったことはない。やれることはすべてやる。もちろん、2年ですべてを達成させることはできないし、3年かかるものもある。そのことは社長もわかっていると思う」(山科TMG会長)

コンマ3秒への挑戦となる最初のグランプリが、いよいよ始まる。

次回、GP Diaryは7月7日に更新の予定です。
お楽しみに。

トップ6

2007年7月7日

「社長命令である『イギリスGPからのコンマ3秒アップ』は、私は可能だと思っています。じつはこの間もヤルノは予選で6位には行けたと思う。特にドライバーがどこでミスをしたか、そういうわけではなかったが、区間のベスト同士を組み合わせてみると、もう少しタイムを刻めた。それをこのシルバーストーンで披露することができれば、コンマ3秒は可能。今回も予選6位。できれば、5位と6位に食い込みたい」

フランスGPでの渡辺捷昭トヨタ自動車社長の檄について、記者から尋ねられた新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクターは、グランプリ開幕前日の木曜日にそう答えて、イギリスGPへ意気込んだ。

その発言の裏には、確かな自信があった。まず2週間前のシルバーストーンで初日と2日目にトップタイムを2人のドライバーが交互に叩き出したことである。このタイムはニュータイヤで燃料を軽くした状態で行うタイムアタックである、いわゆるパフォーマンスランで記録したもので、ライバルたちのベストタイム記録時の燃料搭載量が不明であるため、テストでの順位が正確なチーム力のポジションでないことは、新居DTCも認めている。しかし、リアタイヤをいかにレースでうまく使うかに悩んでいた前半戦を終え、ようやくこの問題を解決したパナソニック・トヨタ・レーシングが後半戦に向けて、いかに速い一発タイムを刻むかという、ひとつ上のステージにステップアップしてきたことは確かである。

現在のF1は予選ポジションが重要である。それは前回のフランスGPでラルフがスタート直後の混乱の影響を受けて、燃料を多めに搭載した他車をコース上で抜けなかったことでもわかる。そして、一発のタイムを出すためのセットアップに集中するためには、レースに向けたベースのセットアップを早くまとめることである。それが2週間前のテストで実践できていたことが、新居DTCの自信につながっていたのだろう。今回も金曜日のフリー走行は走り出しから安定して速かった。

そしてパナソニック・トヨタ・レーシングのスピードは土曜日に入っても、翳りを見せることはなかった。午前中のフリー走行3回目で、ラルフが6番手につけたのである。ヤルノはフリー走行3回目は17番手に終わったが、それはニュータイヤのときセクター2でミスしたため。セクター1はラルフよりもコンマ2秒速かった。果たして、トップ6に入ることができるか。予選を楽しみにしたい。

次回、GP Diaryは7月8日に更新の予定です。
お楽しみに。

ベストレース

2007年7月8日

「もちろん、レースで勝ったわけではないので、ベストとは言えませんが、ベストに近いレースでした」

日曜日の午前中、F1のサポートレースとして行われたGP2シリーズの決勝レースで、TDP(トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム)の中嶋一貴が3位でチェッカーフラッグを受け、表彰台を獲得した。冒頭のコメントは、その直後の言葉である。

一貴は前日の土曜日に行われた第1レース(GP2シリーズはモナコを除いて、1イベントで土曜日と日曜日に1レースずつ行う)で、予選4番手から6番手にポジションを落としながら、お父さんの悟さん譲りの納豆走法で、前の3台が潰れていく中、3位入賞。今年から参戦しているGP2で初の表彰台を獲得するのである。しかし、そのレース後の会見では、「今回が特に調子がいいというわけではなく、今シーズンいままでの流れが悪すぎただけ。だから、うれしいというより、やっと一段落ついたという感じです」と、特に喜んだ表情は見せなかった。

そして、一夜明けて行われた日曜日の第2レース。第1レースの1位から8位までのドライバーがリバースグリッドとなるため、第1レースで3位の一貴は6番手からのスタートとなった。そのレースでは一転、粘走ではなく、攻めの走りを披露。圧巻だったのは、3位を走行していたディ・グラッシを1コーナーで差したオーバーテイクだった。

「相手はチャンピオンシップ争いをしているので、リスクを冒したくなかったんでしょう。こっちは失うものはなかったから、思いっきりいきました」と、一貴は笑顔でチャンピオンシップで2位を走るディ・グラッシを抜いた瞬間のことを語っていた。イギリスGPの日曜日に日の丸が表彰台に掲げられたのは、01年のイギリスF3の佐藤琢磨以来。

ベストに近いレースを披露した一貴。今度はベストなレースを見てみたい。

次回、GP Diaryは7月9日に更新の予定です。
お楽しみに。

オン・ザ・エッヂ

2007年7月9日

物事には、表と裏がある。表に光が当たれば、裏は影となる。シルバーストーンでのヤルノは、この影の中でもがいていた。

ヤルノの長所、いわば表にあたる部分は、「ツボにはまると、こちらが予想もできないしような、とんでもないラップを刻んでくる」(木下美明TMG副社長)ことである。この「ヤルノの予選一発」はライバルチームの関係者も恐れるほど、キレがある。

ところが、ひとたびクルマに何か違和感を感じたりすると、非常に神経質になり、途端に自分の走りができないという「影」を持っている。05年開幕戦のオーストラリアGP。2位走行中にタイヤのグリップ力に違和感を抱えたヤルノのペースはみるみる落ちていき、結局ポイント圏外の9位に終わる。今年のアメリカGPでも、ヤルノはレース中盤、タイヤのグリップ不足を無線で叫ぶようにエンジニアに訴えていた。そして、今回のイギリスGPも同じだった。

しかし、ヤルノのタイヤには、例えばスローパンクチャーというような問題はなく、グリップダウンはこの日走行していたほかのドライバーも抱えていたシルバーストーン特有の共通の問題点だった。なぜヤルノだけ、あんなにペースが落ちてしまったのだろうか。あるチーム関係者は、こう話す。

「ヤルノは研ぎ澄まされたエッヂの上をトレースするように走ります。通常は100%前後、つまり98%から102%あたりを行ったり来たりしながら、その中でできるだけ100%に近づくように走りを修正しながら、走ります。例えばラルフなんかは、ときどき98%ぐらいしかポテンシャルを発揮しなかったり、100%を超えてミスも犯しますが、だいたいその範囲内(98~102%)で走ってくれます。でも、ヤルノは常にベスト、いわゆる100%に近い状態で走るのを好むんです。クルマが決まっているときはいいんですが、自分のクルマに自信が持てないと、例えば96%以下というような、エッヂのかなりの内側でしか走行しなくなるんです」

ラップタイムが落ちれば、タイヤへの熱も充分に入らなくなる。そうなるとグリップ不足はさらに激しくなり、結果的にヤルノはさらに守りの走りとなる。まさに悪循環である。

それにしても、なぜシルバーストーンでヤルノは自分のクルマに自信が持てなかったのだろうか。それは金曜日と土曜日に吹いたシルバーストーン特有の風が原因だった。風によるダウンフォース変化に敏感なヤルノは、金曜日5番手タイムをマークしながら、「風向き変化によって、セッティングの比較がほとんどできない」という理由で、この日土曜日以降に向けたセットアップ作業を進めることができなかった。

それが土曜日午前中のニュータイヤでのタイムアタックでのミスにつながる。17番手に終わり、自信喪失の中、予選へと向かった。予選では持ち前の一発の速さとニュータイヤのグリップ力が、ヤルノの「オン・ザ・エッヂ」の走りを可能にし、トップ10をキープしたが、長丁場のレースではごまかしが効かなかった。そして、ヤルノはエッヂの上に立つことをやめてしまったのである。

これが、シルバーストーンでヤルノが別人のような走りとなった理由だった。

次回、GP Diaryは7月13日に更新の予定です。
お楽しみに。

Driver first

2007年7月13日

ある先輩ジャーナリストがハミルトン人気に沸くシルバーストーンのグランドスタンドを見ながら、こうつぶやいた。

「イギリスはいいね。特定のチームや企業のフラッグではなく、それぞれのファンが思い思いのドライバーの名前を書いた旗を持って応援しているからね」

実際、よく見れば、多くの旗に混じってシルバーアローの旗も見られたが、その数はごくわずか。イギリスGPの前の週に行われたフランスGPでは、ルノーを応援する集団が見られたし、今年はサンマリノGPがなかったためまだ見ていないが、イタリアで開催されるグランプリは毎年、カバリーノ・ランパンテの巨大なフラッグがスタンドを覆うのが恒例である。昨年までドイツGPが行われていたホッケンハイムリンクへ行けば、金色のスタンドで人文字が見られたし、鈴鹿でも毎年トヨタとホンダが熱い応援合戦を繰り広げていたものである。もちろん、そういう応援を否定するつもりはない。むしろ、盛り上がりという点では、観客の心を高揚させる良い手段だと思うし、写真を撮る側としても、グランプリの絵として切り取るにはありがたい演出だと感謝している。

だが、そんな光景がまったく見られないシルバーストーンには、そういうほかのグランプリでは感じることのない新鮮さというか、この国独特の伝統の重みを感じるのである。ほかのグランプリではよく見かけるチームフラッグや、メーカーのフラッグは、この地にはほとんどない。シルバーストーンの応援フラッグの基本はイギリス国旗のユニオンジャックか、白地に赤い十字のセント・ジョージ旗。そして、その旗の真ん中に贔屓のドライバーの名前を書き込んだものである(写真左)。中にはただの白い旗に、ドライバー名と応援メッセージを書いただけのものもある(写真右)。フェラーリ、メルセデス・ベンツ、ルノーといったメーカーがチームとしてF1に参戦してきたヨーロッパ大陸諸国とは違い、イギリスはプライベートチームによってF1が支えられてきたという歴史がある。そして、そこには主役はドライバーだという意識も根付いている。

だから、自国のドライバーがどの国のチームで戦っていても、みんなが自由に応援しているし、自国のドライバーでなくても、素晴らしい走りを披露すれば、どんなドライバーでも賛辞を贈る懐の深さがこの国にはある。ハミルトン一色のスタンドの所々に、「I miss Schu」(「あなたがいなくて淋しい」という意味の「I miss you」のyouをM・シューマッハのSchuにかけている)という垂れ幕があったのも、いかにもイギリスらしい。さらにレース終了後のセレモニーでは、3位に終わったハミルトンを上回る喝采がライコネンに贈られていた。

シルバーストーンでの勝利を喜ぶドライバーが多いのも、そんな目の肥えたファンに祝福されたいからではないだろうか。施設やアクセスにはまだまだ問題が多いシルバーストーン。それゆえ来年の開催が危ぶまれているが、グランプリカレンダーから消滅してしまうには惜しい何かが、ここで行われるグランプリにはある。

次回、GP Diaryは7月20日に更新の予定です。
お楽しみに。