誰も寝てはならぬ
2007年9月9日
ドライバーズパレードが終わって、グリッドギャルたちがスターティンググリッドに並ぶまでの15分間のことだった。太陽よりも輝ける高音がモンツァの空に木霊した。ボクはそのときちょうど夜食用にグランドスタンド裏のパニーニ屋さんに買い出しに来ていた。気がつくと、周囲にいたほとんどの人が会話をやめ、立ち止まって、豊艶なテノールの歌声に聞き惚れていた。
しかし、その美声の声の主は、サーキットにはいなかった。なぜなら、サーキットに木霊した歌を歌っていたのは、イタリアGP前日の9月6日に、享年71歳の生涯をモデナの自宅で閉じたイタリアが生んだ名オペラ歌手、ルチアーノ・パヴァロッティだからである。
2日後の9月8日には、モデナの大聖堂で葬儀が行われ、イタリアの首相をはじめ、多くの著名人が参列したと聞く。弔問に訪れた市民の数も、10万人以上にも達したという。今年、日曜日にモンツァに集まった観客数が9万人だから、その数がいかに凄いかは推して知るべしである。そして、この日サーキットに響き渡っていた歌がプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の第3幕で使われる「誰も寝てはならぬ」だったことが、モンツァの観客の心をとらえていた。これは、去年のトリノ・オリンピック開会式で、パヴァロッティが美声を響かせた歌である。そして、そのステージが、パヴァロッティにとって最後の大舞台だった。
この日、モンツァでこの歌に耳を傾けていた人は、そのことを知っていたのだろう。そこに、歌手がいないにもかかわらず、ただCDをプレーヤーで流していただけにもかかわらず、その演奏が終了すると、グランドスタンドの観客は一斉にスタンディングオベーションで拍手を送っていた。
日曜日、スタンドを埋め尽くしたティフォシたちの前で、跳ね馬は栄光を手にすることができなかった。しかし、スタンドの観客は跳ね馬の失速に怒りの声を挙げることもなく、静かにレースを観戦していた。それはまるで、跳ね馬の地元と同じモデナ出身の天才テノール歌手の死に対して、喪に服しているかのようだった。
負けて良かったなんて、勝負にあるわけはない。でも、祝福する気持ちになれない日というのが、人にはある。ボクは、この日のモンツァがそんな雰囲気に包まれていたように思うのだった。
次回、GP Diaryは9月14日に更新の予定です。
お楽しみに。
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イタリアGP 決勝 ヤルノ・トゥルーリが11位。ラルフ・シューマッハーが15位。
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火をつける氷とは?さん|2007年9月10日16時35分
「トゥーランドット」の3つの謎とき
1.毎夜に心によみがえるのは? →フェラーリの「希望」
2.燃え上がるが火ではないのは? →フェラーリの「血潮」
3.火をつける氷とは? →K.ライコネン
の思いをこめたのではないでしょうか?