富士プロジェクト
2007年9月21日

ボクに限らず、日本人メディアには、8月下旬から9月上旬にかけて、毎年恒例の仕事がある。それは日本GPへ向けてのコメントを日本勢に聞くという仕事である。
シーズンを通して戦うF1にとって、日本GPは17分の1にすぎない。1年のほとんどを海外で戦っている日本人ドライバーがたった1週間の帰国で、それほど地の利を掴み取るとも考えられない。どんな新しいサーキットでも、3周から5周でコースを習熟するというF1ドライバーたちの中にあって、かつて日本のサーキットを走ったことがあるという経験は、大したアドバンテージにはならない。
だから、日本GPに向けてのクルマの開発に、特別な隠し球などほとんどないし、日本GPだけに通用する特別なドライビングもない。でも仕事だから、ボクは日本GPについての抱負を尋ねるし、取材対象者もそれで日本GPが盛り上がれば、日本のモータースポーツのためになるだろうと、協力を惜しまない。そして、心が痛むのである。彼らに無用のプレッシャーをかけてはいないか、と。
物理的には日本GPは17分の1かもしれないが、精神的には17分の16以上の気合いが入っているのが、取材していてヒシヒシと感じられるのである。いまでも忘れられないのは、93年にある日本人ドライバーを取材したときである。その年の彼は3年落ちのクルマにのって、下位をさまよう苦しいシーズンを過ごしていた。それでも日本GPに向けて、次のように意気込んだ。
「日本GPでは、絶対にオーバーテイクさせない。そして、チャンピオンだろうと、ランキングトップだろうと、前を走るヤツはみんな抜いてやる」
絶対に不可能なことはわかっている。言っている本人も、聞いているボクも。でも、その気持ちが単なるリップサービスでなく本心であることも、同時に共有できた。そして、そういう雰囲気を作ってくれる母国グランプリが、日本にあることを感謝した。
ベルギーGPで木下美明TMG副社長に、ある雑誌のインタビューで日本GPへ向けての意気込みを聞いたときのことである。そこで僕は、久しぶりに母国グランプリに賭ける熱き思いを聞くことができた。
「3カ月前から、われわれは『富士プロジェクト』を立ち上げ、新生富士スピードウェイで行われる初めての日本GPに備えてきました。どうしたら富士を速く走ることができるかを、研究し開発したクルマを投入するためです。だから、今回富士で走るわれわれのTF107は『富士スペシャル』。富士が今年の最終戦だと思って戦いたい」
いざ、富士へ。

次回、GP Diaryは9月27日に更新の予定です。
お楽しみに。
4アイテム
2007年9月27日

「富士スピードウェイを速く走るためのポイントは、3つあります」と、日本GP富士プロジェクトを5月に立ち上げた木下美明TMG副社長は、富士スピードウェイを攻略する方法を、次のように説明した。
「まずひとつは、ダウンフォースレベルをどこに設定するかです。というのも、富士には1475mのロングストレートがあるだけでなく、コースの最終区間には低速コーナーが連続しています。ストレートを速く走るためにはダウンフォースを削りたいが、低速コーナーを速く走るためにはある程度、ダウンフォースをつけたい。それをどのレベルに設定するのかがポイントとなります。さまざまなシミュレーションをした結果、スパ-フランコルシャンよりもダウンフォースはつけたほうがラップタイムは向上するという結果が出ました。そして、それは富士スピードウェイ以外のサーキットにも適応できるダウンフォース量だったので、われわれはそこを狙った空力の開発に集中することができました」
こうして完成したのが、8月下旬のトルコGPから投入されている新ノーズ&フロントウイングである。さらにベルギーGPにお目見えした前後長が大きくなったトップクラッシュウイング(一般的にアッパーボーダウイングと呼ばれている)も富士プロジェクトチームによって開発されたパーツだった。
そして、日本GP直前のヘレス合同テストで、日本GP用に開発された最終兵器が試された。テストされたのは5アイテム。フロア(ディフューザー含む)、リアウイング(写真下左)、フロントタイヤ内側のターニングベイン、フロントタイヤホイールカバー(写真下右)、フロントウイングだった。このうち、トルコGPから投入しているものとはさらに異なる形状をしたフロントウイングだけは、コーナリング性能は上がったが、ストレートでのデメリットが大きくなったため、採用が見送られた。そして4つのアイテムが富士スピードウェイへ空輸されたのだ。
この新空力パーツは、ストレートとコーナーを速く走るだけでなく、最大のオーバーテイクポイントであり、「富士スピードウェイを速く走るための2つめのポイント」でもある、1コーナーでのブレーキング時のクルマの安定性にも効力を発揮するように開発されている。
そして、富士を速く走る3つめのポイントが、エンジンのチューニングである。エンジンを動かすにはガソリンに空気を混合させて、スパークプラグで点火する。しかし標高約600mにある富士スピードウェイの気圧は、ほかのサーキットに比べて、1000ヘクトパスカル以下とやや低い。つまり、吸入される空気の量が少なくなるのである。そこで、富士プロジェクトでは、「過去10年間にわたる富士スピードウェイの9月下旬の湿度と気圧を元に、1馬力でもパワーを出せるよう、吸入口にあたるトランペットの高さを最適にチューニングした」(木下TMG副社長)という。
しかも、エンジンは今回2台ともフレッシュ。「日本GPが今シーズンの最終戦だと思って戦いたい」というパナソニック・トヨタ・レーシングにとって、2戦目のことは、いまは頭にはない。


次回、GP Diaryは9月28日に更新の予定です。
お楽しみに。
秋空
2007年9月28日
「薬を飲もうと錠剤が入った袋をカバンから取り出したら、膨れていた」と、ある仕事仲間がビックリしていた。そして「やっぱり標高が高いんだね」と言った。袋が膨れあがったのが、果たして標高のせいだったのかどうかは定かではないが、富士スピードウェイは標高約600mにあり、気圧が低いサーキットとして、今年の17戦の中でも3本の指に入るロウ・プレッシャー・サーキットであることは確かだ。ちなみに一番低い(標高が高い)のが、ブラジルGPが行われるインテルラゴス。2番目と3番目が約600mの位置あるニュルブルクリンク(ヨーロッパGP)と富士スピードウェイだ。
この3つのサーキットに共通しているのは、天候が変化しやすいことである。火曜日の段階で「週末はずっと晴れ」(新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクター)だった予報が、木曜日には「金曜日は曇りときどき晴れで、土曜日は午前中曇りで午後に雨。そして日曜日は曇りときどき雨」に変更。そして、金曜日のフリー走行を終えた段階で今度は、「土曜日は朝方まで雨が残るものの、それも昼過ぎには上がり、午後の予選で雨の心配はなくなった」と訂正された。
つまり予選はドライで行われそうだが、日曜日の決勝レースではウエットになる確率が高いというわけだ。そうなると、難しいのが空力である。それでなくても、ロングストレートと低速セクションを併せ持つ富士スピードウェイは、空力のセッティングをどこに設定するのかが難しいサーキットである。それに加えて、予選と決勝で路面コンディションが異なる可能性も出てきた。さらにエンジニアたちを悩ませているのは、その予報が確実なものではないということだ。
30年ぶりのF1開催となった新生・富士スピードウェイ。そういえば、31年前に日本で初めてF1が開催されたときも、富士は不安定な秋空だった。

次回、GP Diaryは9月29日に更新の予定です。
お楽しみに。
夢
2007年9月29日


ベルギーGPで、ヤルノに日本GPに向けてのインタビューを行ったときのことだった。最後に「富士では、ヘルメットを日本GPバージョンにして走るから、楽しみにしてよ」と言われた。ヤルノは2年前にも、一般のファンから公募したデザインのヘルメットで日本GPを走っている。「どうして、そのような企画をしたのか」と尋ねたら、「まだまだF1を知らない人がいるし、サーキットに来たことがない人も大勢いる。そういう人たちに、チャンスを与えるきっかけになればと思っているんだ」と言った。
日本GPの予選終了後、トヨタのガレージにヤルノが小さな女の子とともにやってきた。女の子は、堀田さくらさんという都内の学校に通う小学6年生だった。「パナソニック・トヨタ・レーシングF1チーム応援企画『夢』の絵コンテスト」という企画に応募し、見事当選した女の子である。
「F1はいままで見たこともなかったんですが、お父さんがF1が大好きで今回応募したんです」というさくらさん。「世界中が楽しくて、美しくなればいいな。そして、いろんな色の花がたくさん生まれて、地球を埋め尽くしたら、きっと素晴らしい世界になると思います」という夢を描いてくれた。そのさくらの絵と夢を「楽しくて華やかな絵だね。僕は花が大好きだから、とても元気が出るよ!」と選出したヤルノ。さくらさんが描いてくれた夢のある花がデザインされたヘルメットで日本GPを戦っている(写真上左)。
「今日、初めてF1を見たんですが、ずっとヤルノの走りを追いかけていました」というさくらさん。「あんなに速く走るのに、話してみたらとてもやさしかった」とヤルノとの初対面にも感激していた(写真上右)。
日曜日のレースでは、順位だけでなく、夢のある走りを期待したい。
次回、GP Diaryは9月30日に更新の予定です。
お楽しみに。
disappointing
2007年9月30日
いろんな意味で期待が裏切られたレースとなった。最初に僕の期待を裏切ったのは、ヤルノだった。
予選の速さばかりがクローズアップされるが、ヤルノは99年の雨のニュルブルクリンクでは2位表彰台に上がり、荒天となった今年のヨーロッパGPでも、多くのクルマが1コーナーでコースアウトする中、ミスなくコースにクルマをとどめて完走を果たしている。
しかし、今回の日本GPは違った。セーフティカー先導でスタートした今年の日本GP。雨脚が弱まることを期待してスタートしたものの、雨は次第に激しくなっていった。スタート直後、ボクは1コーナーでレースを見ていたが、セーフティカーランのペースでも、ドライバーはみなコースにクルマをとどめるのに四苦八苦するほどコースコンディションは難しかった。
しかし、スタンダードウエット(浅溝)タイヤでレースをスタートしたフェラーリ勢の2台を除けば、セーフティカー先導下の状況でスピンしたのはヤルノだけである。理由を聞けば、「フロントタイヤに熱を入れるためにステアリングを左右に切ってウェイビングしている最中に、パドルレバーに触れてシフトダウンしてしまってスピンした」(新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクター)のである。あるチームスタッフも、「あれは、許されないミス」と厳しい反応だった。
難しいコンディションにもかかわらず、ハミルトン、コバライネン、フェッテルという若いドライバーがイキのいい走りを披露した日本GP。ベテランのヤルノにこそ、そんな走りを見せてほしかったのである。
次にボクの期待を裏切ったのは、天気だ。なにも雨のレースが嫌いだというわけではない。富士スペシャルの本当のポテンシャルを見ることができなかったのが残念でならない。富士スペシャルの基本は新しい空力パーツであったが、レース序盤にフロントウイングを脱落させながら、3周もの間、ポジションをキープしていたドライバーを見ていると、この日のコンディションで空力がラップタイムに占める重要性はどれだけあったのか疑問。富士スペシャルの答えは、中国GP以降におあずけとなった。
3つめは、トヨタの戦略である。セーフティカー先導によるスタートが決定したのは、スタート1時間前。なぜ、その段階で2台のうち少なくても1台を1ストップ作戦として、満タンでスタートさせなかったのか。前日の予選で最終ピリオドに進出していたフェッテルやウェバーですら、その時点でかなり多めに燃料を搭載して予選のバーンアウトランをスタートさせていた。予選後に自由に燃料搭載量を決められるトヨタが、なぜ2台とも軽めだったのか。セーフティカーが出動する可能性が高いウエットレースでは、ラップタイムペースよりも、不測の事態に備えて作戦の幅を広げられるよう燃料を多めに搭載するのが定石。少なくとも1台は満タンでスタートさせてほしかった。
期待していたから、日本GPだったから、今回はあえて言わせてもらった。
次回、GP Diaryは10月4日に更新の予定です。
お楽しみに。
![]()
日本GPでのみなさんの熱い応援に感謝し、
ラルフ&ヤルノの直筆サイングッズをプレゼント!
土曜、日曜と”富士”らしい、霧と雨に見舞われた今年の日本GP。テレビで見た方は面白いレースだったのでは。そして現地に出かけられたみなさん、本当にお疲れ様でした。そんなみなさんの熱い応援に感謝し、ラルフ&ヤルノの直筆サイングッズを、プレゼントとして用意しました!
応募は締め切りました。たくさんのご応募ありがとうございました。