トヨタ・ウェイ
2008年11月21日
今年の春先のことだったと思う。外資系の、ある経済新聞から電話取材を受けたことがある。内容は、主にトヨタのF1活動に関してだった。「なぜ、トヨタは勝てないんでしょうか」という質問に、ボクは次のように答えた。
「トヨタの仕事の進め方を見ていると、彼らはトヨタのやり方で、F1で頂点を目指そうとしているような気がするのです。そして、それがトヨタがF1でいまだに勝利することができない理由でもあります」
トヨタのやり方とは、テクニカルディレクターという籍をあえて不在にして、チーム内にいくつものプロジェクトチームを作って、さまざまな開発を行い、ベストだと思われる道を常に追求していくやり方である。これまでのF1は経験豊富なテクニカルディレクターがクルマのコンセプトを打ち出し、天才デザイナーがそれをレギュレーションに合わせて設計していくというやり方が採られていた。ボクは前出の新聞記者に、トヨタがF1を戦っているいまの状況を「ヨーロッパのトップダウン方式対日本のボトムアップ方式の戦いでもある」と説明した。もちろん、それはボクの見方であり、ボクの意見である。
上海で山科忠チーム代表と話す機会があったので、そのことについて尋ねた。すると、山科代表の考えていたことは、ボクが新聞記者に話したこととだいたい同じだった。
「皆さんは勝てっこないと言うけれど、われわれはトヨタ・ウェイで勝ちたい。確かに、一時われわれのチームにはほかのチームでテクニカルディレクターを務めた経験豊富なエンジニアがいた時代もあります。それはわれわれがトヨタ・ウェイを推し進める前に、自分たちがまずF1というものを理解する必要があったから。でも、いまはわれわれも経験を積んで、ようやくチーム全体にトヨタ・ウェイを浸透させる段階に入ってきました。そして、それを実感することができた今年、われわれが再び表彰台を獲得したことは、とても重要なことだった」
山科代表は、パナソニック・トヨタ・レーシングに加入する前、アメリカのトヨタ・トヨタテクニカルセンターで長い間、激務をこなしてきた。その黎明期に山科代表が現地の従業員に説いたのが、トヨタ・ウェイだった。しかし、当時のアメリカは自動車産業界で世界をリードしていた超大国。日本のやり方が、簡単に受け入れる状況ではなかった。山科代表にできることは、ただひとつ。「わかってもらえるまで、実直に説く」(山科代表)ことだった。そして、ようやくトヨタ・ウェイが浸透してきたことを実感できたのは、トヨタテクニカルセンターの社長となった2001年だった。気がつけば、20年以上の歳月が経過していた。
「3年や4年程度で、トヨタ・ウェイを植え付けさせることなんかできませんでしたよ。だから、2002年のF1参戦から7年という時間を『長すぎた』とは思っていません。もちろん、F1でもまだ完全に浸透はしていないし、やるべきことはたくさんある。今年ようやく、一歩前に進んだという感じです。私がいなくなっても、何年経っても、常にみんなが同じ方向を向いて仕事ができるようになってはじめて、トヨタ・ウェイが浸透したといえるんですから」
勝利を願う気持ちは、同じ日本人として当然のようにボクの心の中にもある。しかし、ボクはどうせなら、日本のやり方で勝つ姿が見たい。
「それで勝てるんですか」と、前出の新聞記者から最後の質問を受けたボクは、こう答えた。
「もちろん、それが簡単ではないことは承知しています。でも、日本のやり方で挑戦し続けるのであれば、何年でも待っていようと思っています」
次回は12月5日に更新の予定です。
お楽しみに。
スピリット
2008年12月5日

「トヨタがまだF1に参戦していなかった90年代前半に、アメリカのフェニックスで開催されていたF1を見に行ったことがあったんです。ホンダのスタッフがフェンスに日の丸を立てているのを見て、同じ日本人として自然と彼らを応援していたのを覚えています。そのホンダといま同じ土俵で戦っていて、『お互いに頑張ろう』という気持ちもありますが、日本人同士であるがゆえに、『絶対にホンダには負けたくない』という感情が沸いてくることも確か。生涯戦っていくライバルだと思っています」
これは3年前に別冊宝島F1パーフェクトブック「ホンダvsトヨタ」という雑誌の企画で、ボクが木下美明TMG副社長へインタビューしたとき、ホンダに対して語ってくれたコメントから主な部分を抜粋したものである。
そのホンダが今日(12月5日)、F1レース活動からの撤退を発表した。
ホンダがF1に初めて参戦した1964年に生まれ、彼らの初レースとなった8月2日がボクの誕生日。だから、ボクにとってホンダは常に特別な存在だった。ホンダの挑戦がなければ、いまの日本のF1はなかったし、彼らの活躍がなければ、ボク自身、このような道を選んでいなかったとさえ思う。いろんな感動をもらったし、生き方を教えてもらった。あるホンダのスタッフとは、彼がF1の現場から離れたいまでも年賀状の交換をしているほどである。
前回のDiaryで「トヨタ・ウェイ」のことを書いた。別冊宝島の「ホンダvsトヨタ」の中で、ボクは「トヨタにはトヨタ・ウェイがあり、ホンダにはホンダ・スピリットがある」と書いたのを覚えている。その取材でボクはホンダの当時F1プロジェクトリーダーを務めていた木内健雄さんにもインタビューをし、次のようなスピリットをいただいていたことを覚えている。
「社員はそのときどきの経済動向とか社会情勢を見ながらモノ作りをするべきで、会社が社員を型にはめるべきではない。私はホンダという会社は戦うフィールドであると思っていて、そこでプレーをするのが社員。だから、ホンダが何かをやるのではなく、われわれが何をやるのかを探さなくてはならない。もし、この先ホンダが変わらなければならないときがきたら、そのときはわれわれ社員の意識が変わっていることが大切だと思う」
そのインタビューから3年。ホンダはF1からの撤退を発表した。ホンダが変わったのではなく、ホンダの人々が新しいホンダを作ろうと下した決定だと信じている。だから、ボクはホンダの新たなチャレンジングスピリットを見守りたいと思う。ただひとつ、残念だったことは、ホンダとトヨタという日本の両雄が一度もF1の表彰台で顔をそろえることがないまま、ホンダがF1を去ることだ。そのインタビューでボクは木内さんから、こんな夢を最後にもらっていた。
「トヨタさんなら、いずれは(トップに)行きますよ。でも、ウチだって負けたくない。だから、来るべき時が来たら、ホンダ対トヨタという戦いが、アメリカのレースであったように、F1でも起きるでしょう。そのとき負けないように頑張りたい」
もう少しだけ、一緒に戦ってほしかった……。それはパナソニック・トヨタ・レーシングのスタッフも同じではないだろうか。
次回は12月19日に更新の予定です。
お楽しみに。
参戦と開催
2008年12月19日

今週、都内で富士スピードウェイが主催するメディア懇親会があった。昨年の開催後に続いて、2回目の懇親会である。新生富士スピードウェイでの初開催となった昨年は雨の影響もあって、年に一度のお祭りは、多くの問題点を浮き彫りにする辛い大会となった。
その苦い経験から一年。2度目の開催は前回の反省を元に、かなりの部分で昨年起きたトラブルを克服。概ね好評のうちに終わった。同社が独自に集計したアンケート結果でも、全体で約8割という高い満足度を得ているという。それでも懇親会を再度催し、メディアから厳しい意見を聞くという姿勢は大切なことだと思う。
その中でわれわれメディア側から出されたさまざまな意見に対して、富士スピードウェイ側の返答は概ね「時間がかかる案件ではございますが、粛々と対処していきたい」というものだった。正しい姿勢だと思う。お祭りのような大きなイベントを成功させるためには、地元の人々の協力が必須である。人々を動かすのは、お金や業務命令だけではない。心の籠もった対応が大切で、それには時間がかかる。
富士スピードウェイでの日本GPを語るとき、多くの人は鈴鹿を比較に出す。鈴鹿が日本のモータースポーツファンだけでなく、世界中のドライバーやF1関係者から高く評価されるようになったのは、もちろん鈴鹿サーキットの関係者や地元の人々の努力があったことは忘れてはならない。しかし、その努力が報われるまでには長い時間が費やされたことは間違いない。信用や信頼は短時間で得られるほど、安っぽいものではない。
富士スピードウェイで次回F1グランプリが開催されるのは、2010年のことである。2度の経験を糧に、さらに2年間の準備期間を経て、3度目の開催はさらに充実した大会となるだろうと、ボクは信じている。しかし、それでもボクは富士スピードウェイに100点満点の評価を与えるのは、早いと思う。2010年はもちろん、2012年も2014年もしっかりとした運営を行い、そして鈴鹿がそうであったように、10年後も20年後もずっとずっと開催し続けて、ようやく評価されるときが来るのではないだろうか。
もちろん、このご時世、それが簡単ではないことは百も承知である。しかし、企業のスポーツ参加が文化的な社会貢献事業でもあるという一面が少しでもあるならば、いまこそその重要性を見つめるべきだと思う。不況だからといって、地域のお祭りが中止されるなんてことはほとんど聞かない。たとえ土砂降りの中、何時間も停留所でシャトルバスを待ってもいいではないか……ファンがそう思うようなイベントになったときが、富士スピードウェイでの日本GPが初めて満点の評価を得られる日だと思う。
「もし、トヨタがF1から撤退しても、富士スピードウェイさんはF1日本GPを開催し続けますか?」というわれわれからの質問に対して、富士スピードウェイの代表は次のように答えた。
「(パナソニック・トヨタ・レーシングの)参戦と(富士スピードウェイでの日本GP)開催は、別です」
その言葉を忘れないでいただきたい。
次回は1月9日に更新の予定です。
お楽しみに。