1500km
2008年1月18日
昨年の12月上旬に新しいランニングシューズを買って、今月までの4週間で247kmを走った。年末年始の慌ただしさを考慮に入れれば、かなりマジメに走ったと思う。ランニングをやっている人ならわかると思うが、ランニングでロードレースに出ようと考えているなら、スピードよりも長い距離を走ることが大切だからだ。しっかりと自分の身体に走る距離を覚え込ませたうえで、スピード練習を行ったほうが効果的なのだ。ボクには、「2年後にフルマラソンに出る」という目標がある。それまでの2年間は、年間1200kmを走破しておきたい。シーズンが始まれば、生活は不規則になり、走りこみができないので、いまのうちにできるだけ走っておきたいのである。
1月10日にケルンでデビューしたTF108。1月14日からのヘレス合同テストで、初めて実走テストが行われ、最終日となった1月16日に新加入のティモ・グロックがトップタイムを叩き出した。シェイクダウンして間もない段階でのトップタイムというのは、確かに評価できる結果だが、ボクが今回のテストでTF108を評価したいのは、信頼性の高さだった。
合同テストの前日である1月13日の日曜日にヘレスでシェイクダウンテストを済ませたTF108は、合同テスト初日の1月14日にヤルノがステアリングを握って87周を走行。2日目は新しく加入したティモ・グロックにバトンタッチして110周。そして、最終日の3日目もティモが96周を走行した。合同テストだけで293周。約1200km(シェイクダウンテストも含めると1500km)を走破したことになる。もちろん、トラブルフリー。最終日のトップタイムも、予定していたテストプログラムをすべて消化したために、「だったら、新人のティモにアタックさせよう」とニュータイヤを装着させてコースインさせた結果だったらしい。
パナソニック・トヨタ・レーシングにとって飛躍の年となった05年。TF105はとにかく信頼性が高く、ウインターテストでしっかりと走り込みを行っていた。空力パーツにさまざまな変更を加えて、データを採る。それによって風洞実験との誤差を修正し、クルマの本当の性能を理解し、セッティングのための基礎データを蓄積していくのだ。そして、それができるのはこの時期しかないのである。
したがって、トップタイムをマークしたからといって、即TF108が最速のクルマだと言うつもりはない。しかし、パナソニック・トヨタ・レーシングがいまいい状況でTF108とともにウインターテストのスタートを切ったことは間違いないだろう。
次回、GP Diaryは2月1日に更新の予定です。
お楽しみに。
プロセス
2008年2月1日
08年シーズンが開幕した。F1の話ではない。F1直下のカテゴリーとして、F1を目指すドライバーたちが集うGP2シリーズのことだ。
正確に言うと、1月25日に開幕した今回のシリーズは、今年から新設されたGP2アジアシリーズ。ドバイ(UAE)、セントゥール(インドネシア)、セパン(マレーシア)、サクヒール(バーレーン)の4カ所で5大会が開催される。もちろん、マレーシアとバーレーンの2大会はF1と併催。F1へのステップアップカテゴリーとしての位置づけを明確にしている。
この新設されたGP2アジアシリーズに、パナソニック・トヨタ・レーシングのサードドライバーである小林可夢偉が参戦している。所属チームはDAMS。昨年、中嶋一貴が1年間GP2シリーズを戦ったフランスのレーシングチームだ。
GP2アジアシリーズには14チームがエントリー。その多くは4月からヨーロッパを舞台にして行われるGP2シリーズに参戦するチームである。ダラーラのシャシーにルノー(メカクローム)のエンジンを搭載して、ブリヂストンのタイヤを装着して戦うワンメイクシリーズであるGP2シリーズは、ドライバーの力量だけでなく、チームの総合力もシビアに問われるカテゴリーである。F1のチームにも強弱があるのと同様、GP2を戦っているレーシングチームにも序列がある。その中でトップチームと呼べるのは、チャンピオンを輩出しているART(05年ニコ・ロズベルグ、06年ルイス・ハミルトン)とiSport(07年ティモ・グロック)である。
そして、アジアシリーズの第1大会であるドバイ・ラウンドを制したのは、ART。iSportも2戦連続で表彰台を確保した。可夢偉は第1レースのフォーメーションラップのスタートでエンジンがストール。最後尾スタートを余儀なくされたものの、13位でフィニッシュするという猛追を披露した。13番グリッドからの追い上げが期待された第2レースでは多重クラッシュに巻き込まれ、0周リタイア。昨年チームメートとしてユーロF3を戦ったロマン・グロージャンが2連勝する中、無得点で第1大会を終えた。
結果だけを見れば、厳しいスタートを切ることとなった可夢偉。しかし、この状況こそが、F1へステップアップするために可夢偉を鍛錬する大切な時間になると、ボクは思う。
一貴や可夢偉をARTやiSportといったトップチームに送り込まなかった理由を、あるTDP(トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム)関係者から聞いたことがある。もちろん、その理由は一つではないが、その中に「勝てるチームに入って、勝利にあぐらをかいてしまうと、F1にステップアップしてから苦労する。あえて発展途上にあるチームに入れて、エンジニアたちとともに勝つために努力することが大切」というものがあった。
GP2アジアシリーズの第2大会は、2月16日と17日にインドネシアで開催される。レースは結果がすべてである。しかし、結果だけですべてを物語ることはできない。F1の関係者が見ているのは、まさにその点。リザルトを安易に追い求めることなく、どのようにしてレースに臨んだのかというプロセスを大切にしてほしい。
次回、GP Diaryは2月15日に更新の予定です。
お楽しみに。
アレルギー
2008年2月15日

43年間の人生で、一度だけ花粉症に悩まされたことがある。ボクは日本で花粉症に見舞われたことはなく、じつはそのときの原因も花粉ではない。だから正確に表現するなら、そのときのボクは花粉症に悩んだのではなく、花粉症のような症状を経験したことがあるということになる。
それがいつ、どこでかというと、昨年2月のバーレーン合同テストのときだった。この時期の中東に吹き付ける北東の季節風は、かなり強い。それまで3月と4月にしかバーレーンに行ったことがなかったボクは、無防備な身なりで砂塵舞うバーレーンに降り立ったのである。それはまるで、花粉症の人が春の日本にマスクを持たずに来たようなもの。ホテルを出るとき、ハウスキーピングのお兄さんから毎日ティッシュの箱を2~3個もらって、サーキットへ出発していたものだった。
しかし、そのときその強い風に悩まされたのは、ボクだけではなかった。パナソニック・トヨタ・レーシングもまた、安定しないダウンフォースに苦慮していた。
風洞施設が充実したことにともない、エアロダイナミクスの開発も急激に進化した。それでも、エアロダイナミシストたちには読めない分野がある。それは突然吹く、横風や追い風に対して、エアロダイナミクスがどのように変化するのか、ということである。これはどのサーキットでも起こりうる問題ではあるけれど、2月のバーレーンというのは、それが顕著に表れる時期と場所だった。
昨年からテストでのラップタイムは、どのサーキットでも各ドライバーのベストタイムしかプリントアウトしてくれなくなったため、ボクはモニターに表示されるラップタイムをすべてパソコンの表組に入力していた。ティッシュで鼻をかみながら。それをいま見返すと、パナソニック・トヨタ・レーシングと、当時テストを席巻していたフェラーリとの差は、平均して約2.5秒もあった。
今年、パナソニック・トヨタ・レーシングは再びバーレーンへ向かい、テストを行った。今回、ボクは都合がつかずにバーレーン行きを見送ったので、全ラップタイムはわからない。しかし、バーレーン・インターナショナル・サーキットからのレポートによると、ロングランでのフェラーリとトヨタの差は約1.3秒だという。確かに1.3秒という差は、コンマ1秒の争いをしているF1の世界では、とてつもないギャップである。しかし、昨年から0.9秒ではあるが、トップとの差を縮めたことも確かである。
そして、今年のパナソニック・トヨタ・レーシングが前進していることはバーレーンで消化したテストプログラムを見てもわかる。昨年のバーレーン・テストではトラブルが相次ぎ、レースシミュレーションどころではなかった。昨年も後半3日間のテストの2日目に各チームがレースシミュレーションしていたが、そのときトヨタはトラブルからヤルノがわずか33周でテストを切り上げるという状況だった。
それが、今年は後半3日間の2日目に、レースシミュレーションだけでなく、フリー走行や予選アタックも含めたグランプリシミュレーションを実行したのだ。しかも、2人そろってである。
あれから1年。パナソニック・トヨタ・レーシングは花粉症ならぬ、風アレルギーを克服して、春の訪れを待っている。
次回、GP Diaryは2月29日に更新の予定です。
お楽しみに。
2年目
2008年2月29日
あれは、たしか夏のシルバーストーンでのことだった。ひとり、またひとりと、仕事仲間が姿を消していく日曜日深夜のプレスルームに、見慣れない日本人が残っていた。
レース日となる日曜日は金曜や土曜に比べて、記者たちが仕事を終えてプレスルームを後にする時間が遅くなる。それでも夜11時を過ぎると、プレスルームに残っている記者たちの数は途端に少なくなる。つまり、ほとんど顔見知りのジャーナリストたちばかりとなるのだ。そんなシルバーストーンのプレスルームで、いつもと違う顔ぶれが残っていた。しかも、それが日本人となれば、気になるのは当然である。
とはいえ、ボクはあまり社交的ではないので、その日本人と積極的に接近することもなく、自分の仕事に集中していた。考えてみれば、晩ご飯抜きで取材を続け、そのあともプレスルームに戻って原稿を書き続けているわけだから、見知らぬ人と呑気にプレスルームで会話などしている余裕はないのである。たとえ、それが日本人であっても。
でも、ジャーナリストの数が片手で足りるようになり、プレスルームが静寂に包まれ始めると、さすがに見知らぬ人とはいえ、それが日本人であれば、沈黙し続けているわけにもいかなくなる。ちょうど、その日本人が座っているテーブルの隣に、シルバーストーンのスタッフが置いていった夜食がわりのスナック類があったので、ポテトチップスを取りに行くついでに、その日本人とあいさつでもしようかとボクは席を立った。
ポテトチップスを手にして、「お疲れ様です」とボクが声をかけようとする前に、「皆さん、遅くまで大変ですね」と背中越しに聞こえてきた労いの言葉には、聞き覚えがあった。振り返ってみると、その日本人はジャーナリストではなく、海外のグランプリを視察に来ていた富士スピードウェイの広報担当の方たちだった。
聞けば、「海外のグランプリで、メディアの皆さんがどれくらい遅くまで仕事をしていて、そのメディアの方にサーキット側はどのような対応をしているのかということを、富士スピードウェイで日本グランプリが開催される前に、自分の目で確かめておきたかった」という。そして、「今夜は最後のジャーナリストがプレスルームを後にするまで、ここに残る覚悟でいます」と、目を充血させながら語っていた。
30年ぶりに富士スピードウェイで開催された日本グランプリでは、さまざまな問題が噴出した。問題の中には、決して見過ごしてはならないものもあったと聞く。中には問題が解決されずにいまだに不満を抱いている方もいるだろう。富士スピードウェイ側には、そういった被害を受けた方々の声を今後も真摯に受け止めてほしいと思う。
昨年暮れから年頭にかけて、ボクたちジャーナリストも富士スピードウェイとの話し合いの場を設けていただき、さまざまな意見を伝えてきた。その席に、シルバーストーンで深夜12時すぎまで、われわれメディアの帰りを見守ってくれていた広報担当の方もいた。彼らがどのような手腕を発揮して、2年目の地元開催を盛り上げていくのか、期待したい。
次回、GP Diaryは3月14日に更新の予定です。
お楽しみに。