遠路
2008年5月8日
いまだから、もう笑って振り返ることができるのだが、昨年ボクは飛行機のチケットを買わずに向かったグランプリがあった。それがこのトルコGPである。正確にはドイツのフランクフルトまでのチケットは買っていたのだが、そこから先のチケットを買わずに成田を飛び立ったのである。
ボクはいつもシーズンが終了すると、翌年のチケットをまとめて買う。そして、4月から9月までのヨーロッパラウンドはドイツ発券の里帰り便を利用している。それにバルセロナ行きやモナコ行きのチケットを別途購入して、グランプリが行われる目的地までつなぐというわけだ。昨年のフランクフルト発-イスタンブール行のチケットは、その前年の暮れの段階ですでに約400ユーロ(約6万4000円)もするほど高価なものとなっていたため、ボクはフランクフルト発のチケットはあきらめて、ケルン発のディスカウントチケットを往復120ユーロ(約1万9000円)ほどでインターネットを利用して購入した……はずだった。
フランクフルトからケルン・ボン空港へICE(インターシティエクスプレス)という特急列車に乗って向かい、チェックイン。インターネットで購入したチケットはEチケットだったので実際にはチケットはなく、ボクはカウンターでプリントアウトしたEチケットの控えを差し出した。
ところが、地上係員の様子が変なのである。しばらくすると、険しい顔つきでだれかへ電話をし始めた。そして、その後でボクにこう言ったのである。「お客さん、これはEチケットの控えではなく、購入直前の確認画面をプリントアウトしたものですよ」。つまり、ボクはチケットを買う直前の最終確認の段階で、作業をストップしてしまっていたのである。なんとか、イスタンブールまでの往路は数席が残っていたため、180ユーロ(約2万9000円)ほどで買うことはできた。しかし、グランプリ関係者や多くの観戦者がトルコを脱出する月曜日のイスタンブール発フランクフルト行のチケットがないのである。火曜日も同じ状態で、水曜日になってようやく空席がチラホラあるということだが、片道で800ユーロ(約12万円)もするという信じられない事態に陥っていた。
水曜日にイスタンブールを発つということは、フランクフルト発の日本行きの便も変更しなければならず、さらにイスタンブールでの宿泊代もかかり、食事代やレンタカー代など出費はさらにかさむことが予想された。
幸い土曜日になって、イスタンブールからブダペスト経由でフランクフルトへ向かう便に1席空きが出たということで、ボクのトルコGPは結果的には何事もなく完結した。しかし、「もうトルコなんか、行くもんか」と真剣に考えたものである。確認しなかった自分が悪いのに……。
あれから1年。いい加減なボクが今年は何事もなく、トルコへ到着した。そして、「もう行くもんか」と思ったトルコへ向かう機上で、ボクは「トルコへ行きたくても行けない人たち」のことを考えていた。いまのボクにできることは、その人たちのためにもこのグランプリで精一杯、取材することだけである。
次回、GP Diaryは5月9日に更新の予定です。
お楽しみに。
疑念
2008年5月9日
スペインGPのレースで気になったことがあったのだが、ヤルノ・トゥルーリを誤ってピットインさせたことに質問が集中したため、あいにく聞きそびれしまった。イスタンブールのパドックで新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクターを見かけたので、忘れないうちにさっそくうかがった。
ボクがスペインGPのレースで疑問に思ったことは、2つあった。ひとつはヤルノが2回目のピットストップで静止時間11.2秒かかったことである。映像がなかったため、実際何が起きたのかわからなかったが、新居章年DTCによれば、「ホイールナットの脱着に手間取った」ということだ。
2つめの疑問は、デビッド・クルサード(レッドブル)と接触してピットインしてきたティモ・グロックのピットストップ作業である。フロントウイングを損傷してピットインしてきたティモ。映像では、交換したノーズ&フロントウイングはそれまで装着していたものとは異なるスペックだったように見えた。
パナソニック・トヨタ・レーシングはスペインGPに新しいノーズ&フロントウイングを持ち込んでいたが、セッティングがまとまらなかったために、使い慣れた従来型に戻して予選と決勝レースを戦っていた。ところが、最後にティモに装着させたものは、メインフラップが大きく湾曲し、車載カメラの搭載位置を兼ねたカナードの取り付け位置が変更された新しいパッケージだった。
「その理由は、本来使用しようと思っていた新パッケージを各ドライバーにつき3個用意し、従来型は2つ、合計5個ずつをスペインGPに持ち込んでいたから」だという。ティモはスタート直後の1コーナーで他車と接触してフロントウイングにダメージを負っていたため、1回目のピットストップ時にフロントウイングを交換している。従来型は2つしかなかったため、フロントウイングを交換しようと3回目のピットストップに入ってきたとき、メカニックは新しいウイングを取り出したというわけだ。
しかし、ガレージにはもうひとつヤルノの従来型のフロントウイングが残っていたはずだ。1回目のピットストップでティモが従来型のフロントウイングを1つ使用した段階で、ピットは残っているヤルノの従来型フロントウイングのカーナンバーを、「11」と「12」のどちらにも対応できる態勢を採るべきではなかったか。
どちらも、結果的には順位に関わるような事態には陥らなかった。しかし1000分の1秒を争うF1の世界では、小さなミスも時として、大きな代償を払うケースがある。自戒してもらいたい。
次回、GP Diaryは5月10日に更新の予定です。
お楽しみに。
自然現象
2008年5月10日
「ここは去年GP2でレースをしているので、特に新しい発見はなかったんですが、コースを散歩していたら奇妙なシミがあったので、それが不思議でした」
そんな話を中嶋一貴(ウイリアムズ)選手から聞いたので、その足で木曜日の夕方、さっそくコースを散歩することにした。するとホームストレート上から無数のシミがあるではないか。金属の錆が流れ出たような色をしているけれど、アスファルトの中に金属らしきものはない。
爆竹のようなものが外から投げ入れられて、その焼けこげの跡のようにも見える。しかしそのシミでできた模様は、5kmにわたって、ある一定の方向へなびく形で無数に残っており、人為的なものとは考えられない。かといって上空から何かが飛んできてできた跡かというと、コーナーによっては、シミの模様が突然反対方向になびいている。例えばヒョウなどの異物が降ってきたという説では、辻褄が合わなくなる。
そこで毎グランプリ、木曜日にサーキットをチェックしている新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクターに、その正体を尋ねてみた。すると、新居DTCは興味深い分析をしてくれた。
「おそらく、アスファルトの中に入っているある物体が雨などの自然現象によって化学反応を起こして溶かされ、アスファルトの表面から流れ出たものではないでしょうか」
シミがある部分をよく見ると、確かに小さな穴が開いていた。ボクはそれを外圧によって削られてできた穴だと思って「爆竹説」を唱えたのだ。しかし溶けて穴ができて、その後雨で流されたのであれば、コーナーのカント(傾斜)によってシミの模様が変わっていることも説明が付く。自分の目でコースをチェックしている新居DTCならではの鋭い分析である。
ブリヂストンの浜島裕英MS・MCタイヤ開発本部長もよくコースの下見をしており、話の節々に下見をしていないとわからないような事象の鋭い分析が、よく出てくる。
「イスタンブールは起伏があるコースなので、丘の上に出たときに風の影響を受けやすいんです。さらにその方向が一定ではない。ホームストレート上では旗の向きが変わっていなくても、丘の上では風向きが変わっているなんていうことはよくあります。私も去年下見したとき、3コーナーへ向かう壁のような上り坂でバテてしまい、丘の上で休んでいたら、気持ちのいい風があちこちから吹いてくるんでビックリしました」
予選第2セッションで、なぜか突然タイムが伸び悩むという症状に見舞われたヤルノ・トゥルーリは、予選後にこう分析していた。
「たぶん、コース上の風によって何か奇妙なことが起きたのかもしれない」
彼もきっと、コースを下見したとき、イスタンブールの自然を肌で感じていたひとりなのかもしれない。
次回、GP Diaryは5月11日に更新の予定です。
お楽しみに。
1ストップ作戦
2008年5月11日
理論上、イスタンブール・パーク・サーキットでは2ストップ作戦が、1ストップよりも速いと言われている。イスタンブール・パーク・サーキットは起伏が激しく、名うての高速コーナーである「ターン8」があるから、燃料搭載量がラップタイムに影響を与える割合が大きい。ヤルノ・トゥルーリをはじめ、多くのドライバーが2ストップ作戦を採ったのは、そのためである。
しかし、もうひとりのパナソニック・トヨタ・レーシングのドライバーであるティモ・グロックは、敢えて1ストップ作戦を選択した。
「確かに2ストップのほうが理論上は1ストップよりも速いんですが、レースというのは自分ひとりだけで走るわけではありません。前にペースの遅いクルマが出てくることは十分考えられます」(新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクター)
ティモのスタートポジションは15番手。しかし、これは予選で正確にティモのパフォーマンスを表した結果ではなく、予選第2セッションの最後のアタック中に突然右フロントホイールがガタつくというトラブルを抱えたためだった。つまり、周りのドライバーよりももっと速いペースで走ることができるティモが、レース序盤に渋滞に遭遇する可能性は極めて高かった。
そこでチームはティモに多くの燃料を搭載してスタートさせ、1ストップ作戦を敷くという手に出たのである。ティモもトルコGPの週末は調子が良く、燃料を多く搭載した状態でもラップタイムが大きく落ち込むことはないという自信があった。さらにチームはスタート時に、ティモに柔らかいほうのスペックであるミディアムタイヤを装着するのである。
「ミディアムのニュータイヤを履かせたのは、スタート時のダッシュがいいからです。でも、ニュータイヤだとグレイニング(ささくれ摩耗)の心配がある。でも、渋滞の中で走ることになれば、それほどグレイニングによる影響はラップタイムに出ないと判断しました」(新居章年DTC)
作戦は予定通りに進み、31周目にティモは最初で最後のピットストップを行う。直前を走るジェンソン・バトン(ホンダ)と同じタイミングだった。しかし、給油リグを外す作業でほんの一瞬、遅れが生じて、ティモのポジションアップはかなわなかった。それでもその直後、燃料の軽い状態で迫ってきたヘイキ・コバライネン(マクラーレン)と激しいバトルを展開して、イスタンブール・パーク・サーキットの観客をおおいに盛り上げる走りを披露した。
「あれくらいの走りができるドライバーだと信じていましたから、そんなに驚いてはいません。それよりもティモに予選でトラブルを発生してしまったことを反省しています。セクター1の通過タイムを見るかぎり、あれがなければ予選第2セッションでティモは1分26秒台の真ん中ぐらいのタイムは出していたでしょうから、間違いなく第3セッションに進出できていました。そうなっていれば、今日はポイントも取れていたでしょう」
その楽しみは、ティモがGP2で表彰台を獲得したモナコGPまで取っておくとしよう。
次回、GP Diaryは5月16日に更新の予定です。
お楽しみに。
Smile calls a luck
2008年5月16日
「ティモに限らず、私はいままでクラッシュしたことに対して、ドライバーを責めたことはありません」
前戦スペインGPでデビッド・クルサード(レッドブル)と不運な接触事故を起こしたティモ・グロック。山科忠チーム代表にその件について尋ねると、山科代表は冒頭のようなコメントに続けて、次のような見解を述べてくれた。
「だって、レースをやっているわけだから。それを恐れていては、戦いにならない。ただ、チームの作戦を無視するような行動をとったときには、ドライバーに限らず、チームスタッフも含めて、代表として厳しく対応している」
そんな山科代表にとって、トルコGPで言うべきか言わぬべきか、迷うような出来事が起きた。それはフリー走行初日のことだった。午後2時から行われたフリー走行2回目の終了間際、ロングランを行っていたティモがコースオフを喫してしまうのである。そのこと自体は珍しいことではなく、特別責められるべきものでもない。問題はその後だった。
コースオフしたティモはコース復帰を焦るあまり、縁石をほぼ直角にまたいでしまい、フロントウイングの底を路面に強く打ち付け、フロントウイングのステー(フロントウイングをつり下げている2枚の衝立)が損傷してしまうのである。そのため、ティモはピットインせざるをえず、予定していたプログラムを少し早めに切り上げなければならなかった。
山科代表が、指摘しようとしていたのは、そのことだった。「攻める気持ちは大切だが、もう少し大事に行きなさい」と。
しかし山科代表は、そのことをいまティモに言うべきではないと判断し、何も言わなかった。「ティモがコースアウトしたのは、1コーナー。あそこは下り坂で視界が悪い。さらにセッション終盤だったので、ドライバーが急ぐ気持ちは理解できる。さらにグランプリの週末にあまり細かいことを言って、ドライバーのコンセントレーションをそぎたくなかった。そして、何よりティモは若い選手のわりには、聞く耳を持ったとても素直ないい選手。だから、言い過ぎないにしよう」というのが、山科代表を踏みとどまらせた理由だった。
山科代表の判断が正しかったことは、ティモのフリー走行初日を終えてのコメントを見てもわかる。彼はリリースの中で、「自分のミスで、最後の5分を失ってしまった」と、はっきりと自分の非を認めている。そして、自分が認めているミスをチーム代表からあえて指摘されなかったことで、レースでアグレッシブな走りを見せるのである。
「可夢偉のほうが速いじゃないかという人もいますが、ティモのほうがまだコンマ5秒速い。それになんだかんだいって、今年フル参戦している新人ドライバーの中で、もっとも速いのはティモでしょう。予選で複数回トップ10に入るスピードを見せているわけですから。だから、彼には昨年のGP2王者として、もっと堂々としてもらいたい」
いいレースをしてくれればいい、と山科代表が望んでいたレースで、久しぶりに手に汗握る走るを披露してくれたティモ。しかし、結果的に5戦連続でノーポイントに終わったティモの顔に笑顔はなかった。そんなティモに山科代表は言う。「もっとニコっと笑っていろ。『Smile calls a luck』だから」と。
次回、GP Diaryは5月21日に更新の予定です。
お楽しみに。