Forget-me-not
2008年6月19日
ボクがプレスルームを出て取材するのが好きなことは、以前にも何度か書いた。今年は事情が変わって、プレスルームで過ごすことが多くなったが、昨年までは日曜日のレースはコースに出て、フリー走行はピットレーンで取材し、プレスルームにいるのは、土曜日の午後の予選だけという週末も珍しくなかった。
ボクがプレスルームを出る理由は、プレスルームの中で知る情報が基本的にモニターを通して知る情報であるからだ。テレビのカメラワークに文句を言っているのではない。1周が約5kmのサーキットで20人のドライバーの様子をまんべんなく知るには、複数のカメラワークで構成されている国際映像を見るのが効率的である。しかし、金曜日のフリー走行ではタイヤの比較テストを行ったり、ダウンフォースレベルの異なるウイングを比較したり、さまざまなプログラムが行われている。それら欲しい情報を入手するには、やはり自分の目で確認するしかない。
ただし、プレスルームを出ると各ドライバーのラップタイムをリアルタイムに知ることがなかなかできないという苦労がともなう。最近はカンガルーTVという小型モニターでセッションの様子を知ることができるようになったので、そんな悩みは解消された。しかし2年前までは「グラウンドスタンドのどこに大型のスクリーンがあって、どのチームのタイミングモニターでラップタイムと順位を確認するのか」を、毎年シーズン序盤で決めておいたものだった。
パナソニック・トヨタ・レーシングのタイミングモニターは、そんなプレスルームを出てピットレーンで仕事をしている者たちが集う場所だった。タイミングモニターがピットレーン側に向かってピットの両脇に設置されているからである。もともとは、レースエンジニアが担当するドライバーがピットインしたときに、ドライバーと向かい合いながら、モニターも見ることができるように設置したものだった。そしてドライバーがピットアウトすると、レースエンジニアはピットウォールに行くため、そのモニターはだれでも自由に見ることができる。
そのモニターの前に、よく立っていたのがオベ・アンダーソンだった。チーム代表だったころはピットウォールにいたが、その座を辞してからはよくこのポジションに立って、トヨタのドライバーのラップタイムをチェックしていた。上背がある氏がそこに立つと、われわれにはモニターが見えなくなる。とはいえ、そのモニターはチームのもので、われわれメディアが見るために設置されたものではない。にもかかわらず、後ろでメディアの気配を感じると、氏は時々振り向いて、ニコっと笑って立つ位置を一歩横に移動してくれたものだった。
オベ・アンダーソンの突然の逝去後、初めてのグランプリとなるフランスGP。パナソニック・トヨタ・レーシングのモーターホームには氏の遺影とともに、弔問帳が用意されていた。そこに書かれていた言葉の多くは、「Never forget your smile」だった。
次回、GP Diaryは6月20日に更新の予定です。
お楽しみに。
マニ-クール2
2008年6月20日
最近、「ボン・ジュール」とあいさつばかりしているなと思ったら、今年のカレンダーは第6戦モナコGP、第7戦カナダGP、そしてこの第8戦フランスGPと3つ続けて、フランス語圏でF1グランプリが開催される日程となっていた。つまり、今回のフランスGPは「フランス語圏ラウンド」を締めくくる一戦である。しかし、今回のフランスGP出発はなかなか気が進まなかった。
それは、カナダGP時のDiaryで「F1を取材するという点において、行きたくないグランプリが2つある」と書いたもうひとつが、ここマニ-クールであるからだ。周辺にある大きな街がヌベールだけというフランスGPは、18戦中もっとも宿泊と飲食施設に乏しいサーキットである。ボクは以前サーキットからクルマで20分程度の場所にあるホテルに宿泊していたが、その村はいまも携帯電話の電波が届かない場所にあり、3年前からは80km離れた場所に宿を取っている。
片道1時間以上かかるため、夜10時にサーキットを出ても、ホテルに到着するのは深夜11時すぎ。ホテルに併設されている「グルメレストラン」が閉まっているだけでなく、ホテルのフロントもすでに無人化という状態。毎晩フロントのカウンターから自分の鍵をピックアップして、ひとり寂しく自分の部屋のドアを開けるのである。
そんなマニ-クールが変わるかもしれない。というのも、フランスGPが開始された金曜日に、施設の拡充や周辺地域にホテルを増築するなどの改革案が盛り込まれた「マニ-クール2」というプロジェクト計画が発表され、マニ-クールは今後もF1を継続開催していく意志を表明したからだ。
プレスルームで「来年もここに来るのか」とぼんやりと窓の外を眺めていたら、グランドスタンドにある垂れ幕が目に入った。そこには「フランスのF1ファンはマニ-クールのファン。パリのファンじゃないぞ!」。モントリオールはすでに変わり、マニ-クールも変わろうとしている。でも、本当に変わらなければならないのは、「行きたくないグランプリが2つある」なんて言っている、ボク自身の自分勝手さかもしれない。
次回、GP Diaryは6月21日に更新の予定です。
お楽しみに。
クール・アグレッシブ
2008年6月21日
「予選は真ん中ぐらい」
これはフランスGP開幕前日の木曜日午後に、新居章年テクニカルコーディネーション担当ディレクターが語った目標である。いつも「2台そろってトップ10を目指します」という新居章年DTC。意外と涼しかった木曜日のパドックで、珍しく熱のこもったコメントを発した新居章年DTCに、ボクは思わず「真ん中って、全体のですか。それとも第3セッションでの真ん中ですか」と聞き返して、失笑を買ってしまった。
それから48時間後。気温30℃、路面温度43℃と暑くなったマニ-クールで、パナソニック・トヨタ・レーシングの2台はそろってトップ10内に入っただけでなく、ヤルノ・トゥルーリが本当に第3セッションで真ん中となる5位を獲得した。しかし、土曜日の予選について新居章年DTCは、「85%の出来」と冷静に自らのチームのパフォーマンスを採点した。マイナス15点はティモ・グロックが10位に終わったからである。理由は「ソフトタイヤが燃料を多めに積んだ状態でムービングを起こし、コーナリング中に不安定な症状を発生させたため」(グロック)だからだという。
しかし、フランスGPのスタート順位は5番手と10番手ではない。まず予選で3位を獲得したルイス・ハミルトン(マクラーレン)が、カナダGP後に10番手降格のペナルティを受けているため、13番手へドロップダウン。予選5位のヤルノは自動的に4番手に繰り上がる。
さらに今回の予選中に他車のアタックを妨害したとして、予選6位ヘイキ・コバライネン(マクラーレン)にも5番手降格のペナルティが科せられた。予選後にペナルティが科せられたため、コバライネンの順位はハミルトンの降格によって一度5位に繰り上がってから、5番手降格という処分となるため、10番手となった。そして、このマクラーレン勢2人の降格によって、10位で予選を終えたティモは2つポジションを上げて8番手からスタートすることとなったのだ。
予選でのパフォーマンスを強気な予想で見事に的中させた新居章年DTCだが、木曜日の時点でのレースの目標は「4~6位につけたい」と控えめだった。その予想は4番手と8番手からスタートすることが決まった予選後も変わることはなかった。
「スタート位置がいずれもイン側なので、表彰台よりもスタートポジションをきちんとキープして、2台そろってフィニッシュしたい」
暑かった土曜日のマニ-クールで、その口調は不気味なほどクールだった。
次回、GP Diaryは6月22日に更新の予定です。
お楽しみに。
Unforgettable
2008年6月22日
「最後の10周は久しぶりに熱くなったよ。コバライネンのほうがストレートラインスピードが速かったから、彼を抑えるのは容易じゃなかった。それに雨で路面が滑りやすいコンディションになっていたからね。その中でミスなく、しかも後ろを抑えてポジションをキープするのは大変だった。でも、僕は絶対にあきらめなかったよ。だって、今日は絶対にポディウムをオベに捧げたかったからね」
70周の戦いを終えたヤルノ・トゥルーリは、ヘイキ・コバライネン(マクラーレン)の猛追を抑えて3位でチェッカーフラッグを受けた後、担当レースエンジニアから無線で祝福と労いの言葉を受けた後、ほとんど放心状態でコースを1周して、パルクフェルメへ向かったという。それくらい、体力と気力を必要とした3位表彰台だった。
1-2フィニッシュを飾ったフェラーリの横にTF108を停めてコクピットを降りると、ヤルノは2つの儀式を行った。まずコクピット前方の「パナソニック・トヨタ」と書かれた部分にキスする。これはクルマの競争力を上げることに成功したファクトリーの開発陣への感謝だった。今回のフランスGPでパナソニック・トヨタ・レーシングは前後のウイングを新しくした新エアロダイナミクスパッケージを採用していた。それが予選での快走を支え、決勝レースでマクラーレンを抑えきることに成功した最大の理由である。
次にヤルノは、左腕に付けていた喪章を指さすのである。それは天国に召されたオベ・アンダーソン元チーム代表に哀悼の意を示すものだった。それは、決してトヨタから言われて行った行動ではなく、冒頭のコメントにもあるように、ヤルノの中で強く意識していたことだったのだと思う。そして表彰台でトロフィを受け取ると、ヤルノはトロフィを指さした後、その指で喪章を差すのである。それはまるで、「このトロフィはオベに捧げる」とでも言っているかのようだった。
レース後、今回表彰台を死守したヤルノの走りを、あるレース関係者は「神懸かり的」と表した。ヤルノがパナソニック・トヨタ・レーシングに初めて表彰台をもたらした05年のマレーシアGPでも、彼は直前に友人を喪うという不幸があった。そのときも、ヤルノは表彰台に上がると天に向かって両手を上げていた。今回のフランスGPの表彰台で見せたヤルノのパフォーマンスを見て、そのときのことがオーバーラップして見えたのはボクだけではないと思う。
ヤルノが繊細な心の持ち主であることは有名である。そして、それがレースで弱点になっていると指摘する人がいることも確かである。しかし今日、それが弱点だけではないことをヤルノは自らのドライビングで証明した。ヤルノでなければ、成し遂げることができなかったパナソニック・トヨタ・レーシングにとって、決して忘れることができない素晴らしい表彰台だった。
次回、GP Diaryは6月27日に更新の予定です。
お楽しみに。
自信
2008年6月27日
初めての表彰台となったマレーシアでは、スタッフ全員がお祭り騒ぎのように盛り上がっていた。それから1年後、混乱の中をうまく走りきった末につかんだメルボルンの表彰台の下にいたスタッフたちの顔には、ようやくブリヂストンを使いこなすことができるようになった安堵の表情が見えた。そして今回、表彰式の後で出会ったパナソニック・トヨタ・レーシングのスタッフたちには、これまでの表彰台獲得時とは異なる反応が見られた。それは、「自信」であり、次なる挑戦へ向けての秘めたる「期待」だった。
そして、それが単なる勘違いでなかったことは、フランスGPでパナソニック・トヨタ・レーシングが2年2カ月ぶりに表彰台に上がった2日後から行われた、次戦イギリスGPの舞台となるシルバーストーンでの合同テストの結果が証明した。そのテストの2日目、ヤルノ・トゥルーリが2番手となるタイムをマーク。さらにその翌日にステアリングを握ったティモ・グロックも2番手でテストを締めくくったのである。
今年パナソニック・トヨタ・レーシングがテストでトップタイムをマークしたのは3度ある。まず1月の中旬にヘレスでティモがマーク。次がウインターテストを締めくくる2月下旬のバルセロナ・テストでヤルノが記録。そして、3度目が5月のポール・リカールで再びヤルノがトップタイムをマークしている。しかし、1月と5月のタイムはウエットからドライに路面コンディションが変化する中で出されたもので、いわばタイミングの善し悪しで奪ったトップタイム。また2度目のトップタイムもシーズン開幕へ向けて、予選を想定した状況で走らせてみようと、燃料を軽くしてニュータイヤを履いて叩き出したパフォーマンスランだった。
今回のシルバーストーン・テストでマークしたタイムがどのような状況で出されたものなのかは定かではないが、パナソニック・トヨタ・レーシングのドライバーの名前がタイミングモニターの2番目となったのは、必ずしも燃料搭載量や履いたタイヤの新旧だけが理由ではなかったと思う。というのも、今回の2番手となるタイムが、2日続けて、しかも異なるドライバーによって記録されたものだからだ。
1月にティモがトップタイムをマークしたのは1月16日のヘレス合同テスト最終日。その前日もティモがステアリングを握っていたが、そのときのTF108は11番手となるタイムしか記録できなかった。2月最後のテストでヤルノがトップタイムを出したときも、前日のヤルノのベストタイムは12番手。5月のポール・リカール・テストは、ヤルノがトップタイムをマークした3日目だけモントリオール用のコースレイアウトだったため、直接的な比較はできないものの、その前日のヤルノのベストタイムは7番手と、上位集団から明らかに離されていた。
それが今回のシルバーストーンでは、2日目と3日目に連続して2番手となるベストタイムを叩き出しただけでなく、初日はテストドライバーの小林可夢偉が乗っても、フェラーリ、マクラーレン、BMWザウバーに次いで4番手のタイムをマークしていたのである。しかも可夢偉が乗っていたのは、マニ-クール仕様に近い、シルバーストーンに対してはやや軽めのエアロパッケージだった模様。もし2日目以降にレギュラードライバーが使用していたシルバーストーンパッケージで走行していたら、3日間連続でトップ2に名前を連ねていたかもしれない。つまり、ヨーロッパラウンド後半戦に入ってから前後のウイングを一新したTF108は、明らかにポテンシャルが上向いているのである。
そして、マニ-クールの日曜日の夕方を思い出す。レース直後、木下美明TMG副社長はこんなことをおっしゃっていた。
「2年間という時間がかかりましたが、自分たちで積み上げてきた技術で表彰台に戻ることができました。これは借りてきた技術じゃない。本当はスペインからこのような形のウイングを入れたかったんですけど間に合わず、その後、改良を重ねてようやくモノになった。このあとのホッケンハイムリンク(ドイツGP)までは同じようなダウンフォースレベルのサーキットが続くので、これからもコンペティティブに戦うことができると思います。そして、そこできちんと結果を残すことができれば、後半戦はもっと楽しみです」
手応えを感じていたのは、木下TMG副社長だけではなかった。ラスト10周、ヘイキ・コバライネン(マクラーレン)と死闘を演じたヤルノも、進化したTF108のポテンシャルを感じ取っていたのである。
「普段のヤルノだと、あのように劣勢になると、無線でいろいろと叫んでくるんですけど、あのときは何も言ってこなかった。本当に走りに集中していました。だから、われわれも『これは行ける』と信じていました」(木下TMG副社長)
フランス、イギリス、ドイツ。シーズンを占う夏のヨーロッパ3連戦の第2ラウンドがもうすぐ始まる。
次回、GP Diaryは7月3日に更新の予定です。
お楽しみに。