日本人
2008年10月3日
いまから約2年前。トヨタの東富士研究所・第1車両技術部で生産車の開発をしていたひとりの日本人が、ドイツ・ケルンにあるTMG(トヨタ・モータースポーツGmbH)の門をくぐった。大川達人である。
トヨタはTMGの各部署に日本人スタッフを配置させている。それはトヨタ流の仕事のやり方を、実際に日本人と一緒に仕事をすることで少しでも早くTMGに浸透させることができるという目的もあるのだろう。また、F1という世界最高峰を目指した戦いを行っているTMGにスタッフを送り込むことで、日本では得られない貴重な経験を積ませるためでもあると考えられる。
そのような理由から、現在日本人スタッフ約25名がTMGで仕事をしている。なるべく日本人同士が固まらず、異文化の中で仕事をさせるという目的から、ほとんどの場合、各部署に1人という具合だ。
その中で日本人スタッフが不在だった部署がある。レースチームのメカニックである。大川が配属されたのは、そこだった。
レースチームのメカニックといっても、初めからレース現場で仕事ができたわけではなかった。07年1月からTMGに配属され、最初はハイドロ系の部署で仕事をし、その後アッセンブリー(組み立て)部署、トランスミッション部署といろんな仕事を経験させられた。そこには、F1カーをよく知ること。そして欧米人とのコミュニケーションをしっかり取ることという目的があったと思われる。いずれにしても、順調に仕事をこなしていった大川は、今年に入ってテストチームのギアボックスやタイヤ管理の仕事を担うようになる。
そして、開幕戦メルボルンでついにレースチームのメカニックとしての晴れ舞台を踏む。普段の仕事はタイヤマン。これはタイヤの内圧や温度を管理するスタッフのことで、ミリ単位の車高調整が必要な現在のF1では非常に重要な仕事である。しかし、大川にはもうひとつ、大切な役割がある。それはピットクルーという仕事である。大川の担当はノーズ交換。ほかにピットクルーに混じってノーズ右側のストッパーを外し、交換したノーズをロックする作業を行うというもの。「反対側のスタッフと呼吸を合わせてストッパーを外さないとうまく外れない場合があるので、意外と難しい」(大川)。
さらに、大川にはもうひとつの役割がある。それはファーストラップピットクルーだ。ファーストラップピットクルーとは、スタート時に通常のピットクルーはグリッドに近い場所にいてエンジンストールに備えているので、1周目にピットインしてきた場合に備えてガレージで待機している別部隊のことだ。ノーズ交換というのはスタート直後にアクシデントに巻き込まれて1周目に必要となる場合が多い。通常のピットクルーに比べて人数が少ないファーストラップピットクルー。大川は自分でノーズを持ち運び、そして取り付ける役目を担う。
開幕3戦はノーズ交換がなかったので、大川のピットクルーとしてのレースデビューは第4戦のスペインだった。ティモ・グロックがスタート直後にウイングにダメージを負い、そのまま1回目のピットストップまで走行を続け、予定していたタイミングでピットインしてきたときだった。「特に緊張はなく、100点満点の仕事ができました。そのレースではレース終盤にティモが接触事故を起こしてもう一度入ってきましたが、そのときもミスすることなくうまく作業を終えることができました」という大川。
タイヤマンとしては、ティモのタイヤを専属で管理していることもあり、ティモが表彰台に上がった表彰台の下ではティモのメカニックたちと喜ぶ姿があった(写真右)。
いよいよ、日本GP。寒暖の差が激しい日本の秋。日本人ならではの細かな調整と見事なタイヤ管理で、またあの笑顔を見せてもらいたい。
次回は10月9日に更新の予定です。
お楽しみに。
Welcome
2008年10月9日

話は昨年末まで遡る。パナソニック・トヨタ・レーシングがティモ・グロックとレギュラードライバーとしての契約を締結するために、ティモに会いに行ったときのことである。ティモがセッティングした場所へ山科忠チーム代表以下、チーム首脳陣が赴くと、そこにはお寿司が用意されてあった。日本食はいまではヨーロッパでも珍しくはないが、ティモはそのとき、まだ日本に行った経験はなく、彼にしてみれば、それはかなり度胸のいるセッティングだった。その話を聞いた、ティモのGP2時代のチームメートである日本人ドライバーのY選手は、「ティモらしいですね」と笑った。
「ティモは決して暗い人間ではないんですが、自分から心を開いて不特定多数の人間と接するようなタイプじゃないんです。チームメートとか、親友とか、『この人は信用できる』と自分が感じた相手でないと、なかなか心を開こうとしないところがあるんです」(元チームメートのY選手)
つまり、その元GP2ドライバーは、ティモがそのような準備をしてパナソニック・トヨタ・レーシングの人たちを待っていたのは、ティモが彼らを信用している証でもあったのではないかと言いたかったのではないだろうか。
いずれにしても、ティモはパナソニック・トヨタ・レーシングと契約を締結し、F1にステップアップ。元チームメートのY選手はGP2を退いて、国内を中心にレース活動を再開した。しかし、Y選手はいまもテレビの仕事で時折、F1のパドックに姿を見せている。そして、そのY選手を見つけると、ティモが普段あまり見せない柔和な表情になる。ボクはその理由が彼の話を聞いて、ようやくわかった。
Y選手はこんなティモの思い出を語ってくれた。
「彼とともにポール・リカールへテストへ行ったときのことです。2人は別々のレンタカーを借りていたんですね。僕は日本車で、ティモはドイツ車。ホテルから用意ドンをしたんですが、僕の完敗。先に到着していたティモが僕を見て、こう言うんですよ。『やっぱり、ドイツ車は速いよな』って」
あれから2年、そのティモが今年、日本のチームのF1カーに乗って、表彰台にも立った。
「今度日本で会ったら、『日本車も悪くないだろ?』って、言ってやりますよ」と言って、Y選手はニッコリ笑った。
ティモ。ようこそ、日本へ。
次回は10月10日に更新の予定です。
お楽しみに。
an artist
2008年10月10日

F1は単なるスポーツではなく、文化でもあると言われる。ならば、グランプリカーは芸術であり、それを操るドライバーは芸術家である。そのことを強く感じるドライバーがヤルノ・トゥルーリだ。彼の予選アタックは間違いなく、一級の芸術品である。
例えば、予選第1セッションで残り5分を切って、まだ第2セッション進出となる15番手以内を確保できていないようなとき。いよいよ最後のアタックが近づいてくる。並のドライバーだと周りの状況が気になったり、リスクを考えて少し早めにアタックに出ようかと焦りが出てくる場面だ。そのような状況に陥っても、ヤルノはじっと集中力を高め、最高のタイミングを図っている。
あるグランプリの予選のことだった。
「ヤルノ、いいか。あと2分待ってくれ。そうすればクリーンラップが取れる。合図を出すまで、もう少し待っていてくれ」
ヤルノのレースエンジニアであるジャンルカ・ピサネッリが、そう語りかけた。するとヤルノは「OK」と言って、その時を待つ。その状況を知っているチームスタッフは、ヤルノの集中力を妨げないように何もしゃべらず、周りでじっとしている。約1分が経過して、残り時間は4分。アウトラップとアタックラップを考えると、ぎりぎりのタイミングである。チームスタッフが固唾を飲み、ガレージ内に緊張感が張り詰めた次の瞬間だった。
「無線、壊れていないよね?」と、ヤルノの声。あまりに何も聞こえなくなったので、心配したヤルノがレースエンジニアに問いかけたのである。それだけヤルノは予選で集中力を高めているのだ。そして、「OK、ヤルノ。Go!」とジャンルカ。
富士スピードウェイでどんな芸術的なアタックが披露されるのだろうか。それを感じるために、ボクも10月11日、土曜日は集中力を高めて、その時を待っていようと思う。
次回は10月11日に更新の予定です。
山科イズム
2008年10月11日

「バカ野郎!」。そう怒鳴って、山科忠チーム代表は近くにあったゴミ箱を蹴飛ばしたという。今年の開幕戦、ヤルノ・トゥルーリにバッテリーのトラブルが発生してレースが台無しとなった。それは、TMGに帰ってトラブルに関する報告を担当者から聞いた直後のことだった。
山科代表が怒ったのは、そのスタッフがトラブルを起こしたからではなかった。調査した結果、そのトラブルはメルボルンで初めて発生したものではなく、予兆は以前から発生していたことがわかったからだ。
「なぜ、そのことを指摘し、みんなに報告しておかなかったのか」。
山科代表は、日本(TMC=トヨタ自動車)と欧米社会(TMG=パナソニック・トヨタ・レーシング)の文化の違いをそのとき、再認識したという。
以前、パナソニック・トヨタ・レーシングのあるスタッフに「トヨタの社風」を伺ったことがある。それによれば、トヨタは「失敗したことを隠さず、積極的にその情報を開示する雰囲気が社内に浸透している」という。
「上司は部下の失敗を叱らず、『おまえ、どんな失敗をしたのか、みんなに発表しろ』っていうんですよ。発表していると、ほかの部署からも人がやってきて、みんなで聞いている。そんな会社なんです。だぶん、ほかの会社の人から見たら驚くでしょうね。私も入社したときはビックリしましたから」
当然、その社風に浸っていた日本人スタッフは、TMGでも失敗したことを隠さない。しかし、ヨーロッパで育った人間には、それがなかなか浸透できずにいた。自己責任意識が強いヨーロッパでは、成功も失敗も会社の責任ではなく、個人が負うことが多い。優秀なエンジニアやデザイナーがヨーロッパに多く存在するのは、そのためだろう。しかしその一方で、失敗を認めない、あるいは隠してしまうという落とし穴があることも確かである。
これに対して、連帯責任型のトヨタの仕事の進め方は、成功も失敗も責任は組織が負う。だから、ゴミ箱を蹴飛ばした山科代表は、トラブルを起こしたスタッフを辞めさせなかった。辞めさせなかったばかりか、その後も同じ仕事を担当させたのである。驚いたのは、本人である。蹴飛ばされて変形したゴミ箱を見て、「自分は、もうクビだ」と肩を落としていたのに、ボスから「仕事をやり遂げろ」と言われたのだから、当然といえば当然だった。
このことは、TMG内でも良いウワサとして広がった。「このチームは失敗したからといって、スタッフをすぐにクビにするような会社じゃない」。その日から、各部署の上司のところに、自分たちが犯したミスを報告するスタッフが増えてきたという。そして、これこそが、山科代表が足を痛めてまでゴミ箱を蹴って、スタッフたちに理解してほしかったことだった。
「いま、チームはすごくいい雰囲気です。だからこそ、この仲間たちと一緒に最高の成績を手に入れたい」
日本一の富士の麓で、世界一の戦いを演じてほしい。
次回は10月12日に更新の予定です。
お楽しみに。
チャンス
2008年10月12日
結果論ではなく、今年の日本GPでのトヨタの戦略は、やや保守的だったように思える。しかし保守的だからといって、それは決して間違いではない。誤った戦略で5位に入ることができるほど、いまのF1は生温くはない。しかし、戦略が間違っていなければ勝てるほど、甘い世界でもない。
保守的だった戦略のひとつに、土曜日の予選第3セッションで搭載した燃料量が挙げられる。燃料は予選開始前に基本的には決定している。しかし、どうしてもポールポジションが欲しいフェラーリやマクラーレンなどは、第1セッションや第2セッションでの相手のスピードを見極めたうえで、若干の変更を加えていると聞く。
それはフェラーリやマクラーレンの話じゃないか、と思われる方もいるかもしれない。しかし、日本GPの予選第2セッションでパナソニック・トヨタ・レーシングの2人は1回しかアタックしていなかった。とはいえ、タイトル争いをしているルイス・ハミルトン(マクラーレン)にヤルノ・トゥルーリが0.08秒差、フェリペ・マッサ(フェラーリ)にも0.26秒差に肉薄していた。ボクの記憶が間違っていなければ、これは今シーズン最少ギャップである。つまり、軽い状態でのパフォーマンスは、トップ2と比肩していたのである。
しかし、チームは予定していた燃料を搭載する。結果、重量感度が比較的大きい富士スピードウェイでは、燃料を多めに搭載したパナソニック・トヨタ・レーシングの2人は、ハンドリングの変化に思うようなアタックを敢行できず、7番手と8番手に終わった。日曜日のレースで表彰台を獲得したフェルナンド・アロンソ(ルノー)の1回目のピットストップは18周目。2位のロバート・クビカ(BMWザウバー)と3位のキミ・ライコネン(フェラーリ)はさらに1周早い17周目にピットインしている。ヤルノ・トゥルーリの1回目のピットストップは21周目。もし3周分、燃料を軽くしていれば、土曜日の予選第3セッションで、コンマ3秒ほど速く走ることができていたかもしれない。そうすると、ヤルノの最後のアタックは予選3位のヘイキ・コバライネン(マクラーレン)を上回っていたかもしれないのだ。
もうひとつの保守的な戦略は、1回目のピットストップの際の燃料搭載量である。21周目に1回目のピットストップを行ったヤルノに、チームは29周分の燃料を搭載している。タイヤに厳しい富士スピードウェイは、2ストップ作戦が常套手段で、しかもソフトタイヤを履く最終スティントは短くすることが望まれていた。確かに、ロバート・クビカ(BMWザウバー)やキミ・ライコネン(フェラーリ)も、ヤルノと同様に約30周分の燃料を搭載している。しかし、タイヤに優しい走りをすることでは現役ナンバーワンと言われるライコネンを除けば、ヤルノもクビカ同様、第2スティントを苦しみながら走行。そしてヤルノはネルソン・ピケ(ルノー)に逆転を許し、クビカもトップのフェルナンド・アロンソ(ルノー)に約1秒だった差を12秒以上に広げられている。
通常はピットストップのタイミングは、ライバルよりも遅くしたほうが有利である。しかし、タイヤに厳しい富士スピードウェイでは、その方程式は必ずしも当てはまらなかった。それは燃料を軽くして最初の2つの短いスティントを飛ばし、逃げ切り優勝を果たしたアロンソの戦略を見ればわかる。
もちろん、これはボクの個人的な見解で、序盤のスティントを短くしていても、この日のパナソニック・トヨタ・レーシングは勝てなかったかもしれない。しかし、土曜日の予選第2セッションの2回目のアタックで、ヤルノよりコンマ3秒遅かったアロンソが優勝して喜ぶ姿を見ると、残念に思うところがあるのだ。この日の富士スピードウェイは、たとえトヨタ陣営に不利な低温というコンディションだったにしても、柔軟に戦略を立て直すことができていれば、初優勝することは可能だったと思う。しかもフェラーリとマクラーレン勢が自滅した今回は、今年最大のチャンスだったように思えて仕方がないのだ。
期待していたから、日本GPだったから、富士の霊峰を見るのが2年後になる今年の富士だったから、そして勝つだけのポテンシャルがようやく備わってきたと思うから……。
昨年に続いて、今回もあえて苦言を呈させてもらった。
次回は10月16日に更新の予定です。
お楽しみに。