トンネル
2009年10月30日
初めてのグランプリ、できたばかりのサーキットというのは、やっぱり取材する人間にとっては興味深い場所である。水曜日の早朝にドバイに到着したボクは、タクシーでアブダビまで向かった。ドバイからアブダビまでは115km。片側5車線の高速道路で約40分、ヤス・マリーナ・サーキットに到着した。サーキットに隣接するホテルにチェックインしてシャワーを浴び、ひと眠りしてからサーキットへ行くつもりだった。しかし、カーテンを開けると目の前にサーキットが見えたので、着替えてホテルを出た。
徒歩10分でサーキットのメディアルームに到着。扉を開けて驚いた。通常、テーブルの上に設置されているはずのモニターがないのである。なんと、前方の壁一面がモニターになっているではないか。まるでヒューストンにあるNASAの宇宙基地の一室に入ったかのような錯覚に陥った。これまでモニターの近くのデスクはいつも争奪戦になっていたが、これなら2列目でも5列目でも同じようにタイミングモニターが見られる。これから建設しようとしているサーキットは、ぜひ採用してほしいものである。
メディアセンターで座席を確保した後、パドックへ。各チームのホスピタリティルームを確認してから、コースの下見をするためにピットレーンへ入った。通常であれば、ピットウォールの切れ目から本コースへ入って、スタートラインから1コーナーへ向かうのだが、ボクは今回ピットレーンを出て、ピットロードから本コースへ合流する方法を選んだ。それは、ヤス・マリーナ・サーキットがメディアセンターだけでなく、ピットロードにも新しい試みが施されているからである。
それはピットロードの途中にトンネルがあることだ。ヤス・マリーナ・サーキットのピットロードは始まってすぐ急に下って、本コースをくぐるように設計されている。つまり、ピットロードの途中がトンネル状という、世界でも珍しいサーキットなのだ。トンネルに入ると、すでに多くのチーム関係者がトンネルをチェックしていた。ピットロードは速度制限区間であるピットレーンの外側となるので、この部分での走行に制限速度はない。フリー走行では事故はなかったものの、コンマ1秒を争うレースでは、このピットロードでの走行がドライバーにとっては本コースの走行よりも難易度が高くなるのではないだろうか。
もうひとつ、ヤス・マリーナ・サーキットで行われるアブダビGPで初の試みとなることがある。それはレース中に日没を迎えることだ。アブダビGPの予選とレースのスタート時間は午後5時だが、日曜日の日没は午後5時53分。午後5時に予選とレースをスタートするいわゆるサンセットグランプリは、アブダビのほかにもオーストラリアとマレーシアで今年行われた。しかし、それら2つのグランプリはいずれも、レース終了後に日没となるスケジュールだった。しかし、今回のアブダビは予選Q3の途中、そしてレースなら開始から半分のあたりで、日没となる。こういうグランプリはいままでF1にはなかった。
金曜日は日没を迎えたフリー走行2回目が曇り空となったため、傾きかけた太陽は雲に隠れた。しかし好天が予想される土日は、14コーナーと19コーナーの立ち上がりで、西日がドライバーの視線に入る可能性は高い。
初日を終えた初開催のアブダビGP。残りの2日間でどんな出来事が待っているのか。タイトル争いは終了したが、楽しみは尽きない最終戦である。
次回は10月31日に更新の予定です。
お楽しみに。
farewell
2009年10月31日
前戦ブラジルGPでタイトルが決定したためか、最終戦アブダビGPのメディアセンターは空席が目立つ。ボクの座席の前列にある8人がけのテーブルには、結局だれも来なかった。「ボン・ジア」と、毎朝あいさつをかわすブラジル人記者も、今回は欠席。フェリペ・マッサは来ているがレースには出ることはなく、ルーベンス・バリチェロがタイトルを獲得する望みも2週間前に絶えたのだから、仕方がないかもしれない。
しかし、最終戦にはシーズンを締めくくる独特の雰囲気がある。ボクはパドックに漂うこの空気を1年に1回は味わいたくなる。例えば、このレースでチームを去るドライバーが何人かいる。そのうちのひとりが中嶋一貴(ウイリアムズ)である。前からウワサは流れていたが、ウイリアムズが09年に使用するエンジンに関するリリースをアブダビGP初日に発表。これを受けて、土曜日の予選後の会見でボクたち日本人メディアは一貴に聞いた。
「正式にはまだこれからですが、ウイリアムズでは最後のレースになると思います。3年前にウイリアムズに入って、ここまで一緒にやってきたので、いいレースで締めくくりたいと思います」
一貴によれば、現在彼は4チームと交渉中で、そのうち2チームは既存のチーム。残りは新しく参戦を表明しているチームだという。一貴にとっての最終戦は、自分をF1ドライバーとして育ててくれたウイリアムズへの置き土産としてだけでなく、自分の将来を切り開く意味においても、ポイントを獲得したいところ。14番手という厳しいポジションからのスタートだが、悔いのないレースで締めくくってほしい。
そのほか、このアブダビGPで最後となるのが、レース中の再給油システムだ。80年代前半に試みられて、その後禁止されたレース中の再給油システムが再開されたのは94年。つまり、15年間採用されてきたわけである。今年はF1が誕生してから60年目のシーズンだから、その4分の1以上の期間を、F1は給油システムで戦ってきたということになる。
近年のF1レースは、コース上でのドライバーによる戦いと、ピットストップ時の給油とタイヤ交換作業の戦いの2本立てのドラマがあった。そのうちの1本の柱となっていた給油作業がなくなるというのは、その存在の是非はともかく、F1界にとって大きな変更であることは確かだ。最後の給油作業をしっかりと目に焼き付けてほしいし、10人の給油リグ担当スタッフの無事を心から祈っている。
だれにとっても、特別な最終戦。Good Bye & Good Luck!!
次回は11月3日に更新の予定です。
お楽しみに。
フィナーレ
2009年11月3日
今回がシーズン最終戦だということが残念でならない。なぜなら、ボクは2週間後に再び可夢偉の走りが見たいからである。
可夢偉の走りに心を揺さぶられたのは、日本人のボクだけではない。レース後にパルクフェルメから自分のガレージに帰るまでの間、ヨーロッパ人のF1関係者から、可夢偉は何度握手を求められたことか。中には、可夢偉を抱きしめて称える淑女もいた。ブラジルGP後のDiaryで、ヨーロッパのウェブサイトで可夢偉がブラジルGPのMan of the raceで、41%の支持を得たと書いた。同じウェブサイトを見たところ、今回のアブダビGPでは、約85%の支持を得ていた。なぜ、可夢偉はこれほど高い支持を得ているのだろうか。
技術的な面だけなら、可夢偉がアブダビGPで最高の走りをしていたわけではない。優勝したセバスチャン・ベッテル(レッドブル)のほうが、予選でもレースでも可夢偉を大きく上回る走りを披露していたことは、紛れもない事実だ。もちろん、3日間でコースアウトやスピンを一度も犯すことなく、12番手からスタートして6位入賞した可夢偉のドライビングは、かなりのレベルに達していることは間違いない。
しかし、人々が可夢偉の走りに惹かれるのは、単に技術的に優れた走りをしているからだけではない。彼が、時としてボクたちの想像を超える走りを見せてくれたからではないだろうか。
例えば、ジェンソン・バトン(ブラウン)とのバトルである。並のドライバーなら、ピットアウトしてきたバトンに前をふさがれた時点で、「アンラッキーだな」と諦めるところだ。もちろん、バトンはあのとき可夢偉よりも燃料が重く、しかもタイヤはまだ温まっていない状態だったから、可夢偉のほうが条件は有利だった。しかし、相手はチャンピオンであり、可夢偉は2戦目。シケインとなる8コーナーでバトンがインを閉めたとき、「ここでは抜けないか」と思ったほどである。
ところが可夢偉はシケインの進入でクロスラインを取り、立ち上がりで王者をオーバーテイク。異なる条件だったとはいえ、スタート直後の混乱を除いて、2戦目のルーキーが王者を抜くなんていうシーンは、すぐに思い返せるほど通常の出来事ではない。
2戦目でのポイント獲得は、日本人ドライバーとしては87年の中嶋悟(ロータス)、08年の中嶋一貴(ウイリアムズ)以来の快挙だ。しかし今回の可夢偉が素晴らしいのは、その快挙をチームメイトよりも先着して達成したことだ。これにはトヨタのヨーロッパ人スタッフたちも喜んでいた。
17戦で繰り広げられた09年のF1は幕を閉じた。念願の優勝は今年もお預けとなったが、コンストラクターズポイント59.5点は、パナソニック・トヨタ・レーシングの歴史の中で05年に次ぐ2番目に高い成績である。しかしそんなことよりも、これからの期待を抱かせる可夢偉の走りを見ることができて、いまのボクの心は満たされている。
いい最終戦だった。
次回は11月13日に更新の予定です。
お楽しみに。